| 裏磐梯から会津高原へ(2002年10月12日) |
| 2002年10月14日〜16日まで、突然の三連休となった。単に予定が立たなかっただけだが、どうするかは全く決めてなかった。前日の夜までグズグズしていて、連れ合いにまで優柔不断をなじられたが、決まらんものはシャンメ。 行きたいとこは多々ある。先ず、三重県の大杉谷。青森の暗門の滝、松見の滝、くろくまの滝を入れた滝だき。岩手県はとにかく1本しか行ってないので、降る滝、白糸の滝、を始め鳥越の滝まで踏破したい。新潟も福島も岐阜も見残した所が沢山ある。奈良の双門の滝にも、四国の滝にも行かねばならない。平手酒造やメロスの心境であれこれ考えていると何が何だか分からなくなってきて、やけになって寝てしまった。 これは、翌朝起きてからが地獄である。どっかに行かなくっちゃあならん気ばかり焦って、どんどん時間ばかり過ぎて行く。と、その時、コロッと、この3月の雪中行軍の失敗が甦ってきた。3月に会津を中心とした福島の滝を回ってやんべと思い立ち、出かけては見たものの、会津磐梯山の山裾や安達太良山麓はまだ雪の中であった。達沢不動滝は雪中をズブズブと沈みながらなんとか行って来たものの、沼尻の白糸の滝を始め、北塩原村の不動滝、大滝などは断念しなくてはならなかった。特に白糸の滝はゲレンデを辿りながら行ったが、途中で引き返してしまった悔しさが込み上げてきて、ぜひリベンジしなくっちゃあ、という思いがつのり、同時に尾瀬の三条の滝が彷彿として浮かんできて、車は自然と福島方面へ向かったのであった。 この時点では当然宿泊場所は決まっていない。昨年5月に四国巡りした時も宿を決めてなくて、高知で電話を掛け捲ったが全然空き室が無く苦労したばかりなのに、懲りない連中ではある。ただ、桧枝岐温泉の民宿配置図がダッシュボックスに放り込んであったのは、日頃の心掛けというべきか。 グズグズした上の紅葉時の連休の朝というものは、想像以上の混雑となる。特に私ら両人の場合、東北方面に行くには、横浜からいったん首都高速で東京を横断しないと行けないようになっている。 出掛けにしっかり用は済ませておいたものの、江戸橋を過ぎる頃から脂汗が出てきた。東北自動車道のゲート辺りではヒーヒー、やっと蓮田のサービスエリアで解放されてホッとしたのも束の間、加須辺りでまたまた寸刻みとなってしまった。この加須が出発点の人がおるんだから悔しいね、どうも。 |
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福島県猪苗代町の「白糸の滝」に着いたのは、予定を2時間オーバーした、横浜を出発してから、8時間後の午後3時近くとなっていて、対岸の陰が滝壷や流身に掛かってしまっているのではないかと、焦った.。3月に登って来た雪のゲレンデはすでに黄ばんでいて未舗装の林道が横切って結構長い距離である。 |
| 最初の計画では午後1時までには白糸の滝に着いて、北塩原村の不動滝や大滝に回ってやろうと思っていたのは既述の通りだが、計画は予定にして決定にあらず。とにかく、300km足らずのところを8時間も掛かった現実は真摯に受け止めねば・・・つまり、諦めろやってこと。しかし、滝ヤラレの神経はどこにあるのか? 4時を過ぎてこの時期、日も落ちかかっているのに、車を発進しつつ北塩原村の不動滝に行くことに内心決めてしまったのである。その時隣席から山の神の声がした。 「まさか、これからもう一つ滝に行こうなんて目論んでんじゃないでしょうね。もう4時過ぎよ!宿屋さん探さなくっちゃあすぐ暗くなっちゃうんだから」 心を見透かされてドキ〜〜〜ンとしたが、そこは平静を装って、「うん、オレもそう考えとったとこさ」 「へえ〜〜〜ん。それにしちゃ、一向に止まらないのね」 「オレが運転しとる間、お前が掛けて見りゃいいじゃん?ボーッとしとるのも暇だろ?」 「あなたが乱暴な運転するから、掛けて見てもうるさくて聞こえないのよ」 「よしっ、そいじゃあ止まっちゃるで」場所を見付けて道路脇にキキキッと止まった。 「運転しなくなったんだから暇になったでしょ?あなた掛けてよ」 うーん、なるほど。こいつあ理屈だ。妙に納得して、ダッシュボックスから桧枝岐温泉の民宿図を取り出し、ムリョ50数軒の電話に取り掛った。取り掛かったはいいが、生来の根気のなさから、「すみません」「本日は満員で」「生憎・・・」などと七、八軒ほど断わられるともう嫌気がさしてきて、「こりゃあダメじゃあ、やんぴ」と投げ出してしまった。こうなると女は我慢強く、ピッピピッピと掛けていたが、物理的に空いていないものは仕方がない。四国行脚の折の、高知の再現である。 しかし、彼女だとて全くの馬鹿というわけではない。高知の件では学ぶことがあったようだ。「桧枝岐観光協会に掛けて見ましょうよ!」「んなものあるわきゃねえ。せいぜい役場の商工観光課みたいなもんが関の山さ」104番へピッポッパ。「”桧枝岐役場商工観光課ならあります”だって」「ホラ見ろ、役場の観光課が土曜日の今頃やっとるわきゃないよ」「でも掛けてみるわ」「ああ、やってみ」「出ないわ」「ホラ見ろ」「・・・・・・・・・」 暫く考えていた連れ合い、突然言い出した。「檜枝岐村の隣の舘岩村の観光協会に掛けて見ましょうよ。高知でうまく行ったじゃない」 「桧枝岐村になかったもんが舘岩村なんかにあるわきゃなかっぺ?」「聞いてみたっていいじゃない」「好きにしたらいいさ」104番へピッポッパッ。「館岩観光協会ってあるそうよ!」「なぬっ!貸してみ」 ピッポッパッ。 「あー、館岩観光協会ですか?」「そうですが・・・」「えーと、急なんですが今晩泊まりたいんですが」「民宿がいいですか、ペンションがいいですか?」「湯の花温泉は空いていませんか?」「湯の花温泉は今夜は満員です」「ンじゃあ、近くのペンションがいいです」「会津高原たかつえスキー場にチロリアンビレッジというペンション村がございまして、そこのウッディ・ベルというペンションに空き室があります」「そ、それでいいです」「お一人8千9百円ですが、よろしいですか?」「そ、それでいいです」「一泊ニ食ですが・・・」「そ、それでいいです」「それではウッディー・ベルの電話番号をお知らせしますので、そちらのお名前と、携帯電話の番号を教えて下さい」「そ、それでいいです・・・・・・・!?」 「ほーら御覧なさい。うまく行ったじゃないの。わたしの言う通りにしてればいいのよ」と連れ合いの威張ること威張ること。反比例して当方の頭はどんどん上がらなくなっちまった。 |
| 御池から尾瀬の三条ヶ滝(2002年10月13日) |
| ペンションウッディーベルの主人は典型的な脱サラ組で、変なオヤジだが、当日申し込みの変な客を受け入れてくれた上に、朝6時に発つ我々に握り飯を約束してくれた。 6時出発だというのに時計を見たらもう5時半。慌てて連れ合いを起こした。さすがに10月も半ばともなると、外はまだ真っ暗闇だ。そそくさと身繕いをし、歯を磨き顔を洗ってしゃきっとしたところで、さてっ、と辺りを見回したらまだ暗い。時計を見ればもう5時を過ぎているではないか。急がな・・・・・?ん? もう5時過ぎ? 年寄りが9時過ぎには寝てしまったことと、自分が既にニワトリを起して回る身分であることを忘れていたのだ。そんなに寝とれんのですよ、トホホ。結果的には1時間早く起きてしまって、5時15分には握り飯を持ってコッソリ玄関ドアをあけ、外に滑り出たのだが、これが「吉」とでたのだった。昨日軒並み宿泊を断られた桧枝岐温泉民宿部落を横目で見て、6時過ぎには御池駐車場に到着したのだが、夜明かし組がテントをタタミ始めていて、駐車場は急速に埋まっていった。我々が足ごしらえをして出発する頃には、最早御池は満杯の有様で。6時に出てきたら危ないところであった。 |
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御池駐車場をを出て燧ヶ岳方面の分岐点を過ぎると、上田代湿原に出る。木道には霜がタップリ降りていて、左右のススキも霜に覆われて寒々と見えた。尾瀬にはもう雪の季節が近付いているのが肌の寒さを通して感じられる。 | ![]() |
| 木道に降りた霜はハイカーを苦しめた。木の板が全く水平だったら問題は無いのだが、木道はウネウネとうねり、あるいは外側に、あるいは内側に傾いていて、ヘッピリ腰で進んでもツルツルと滑る。歩き易い所は直ぐに前の人に追いついてしまい、道を譲られでもしたら悲劇である。譲られた以上マゴマゴとしてまた追い付かれたら恥なので、懸命に歩く。すると足元が疎かになって、見ん事湿原にスッテンコロリン。譲られた人の眼前で湿原に落っこちるというのも、これまた恥ずかしい。 |
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私も2度ほどすべって、湿原に膝を突き、ジッポリと濡れてしまった。木道は本来、湿原に踏み込まないためにあるのだが、滑っちまったもんは・・・三条の滝に至る燧裏林道は、尾瀬としてはマイナーであるが、それでも湿原は4〜5箇所あって、ミズバショウも両側に咲いていたことが分かる。ここを。6.3km行って同じ道を戻るわけである。 |
| 8時過ぎ渋沢大橋に着いた。平成になってから作られた頑丈な、立派な橋である。"立派"ということは、尾瀬の自然環境に対しては"?"とならざるを得ない。橋上から谷底を見ると、遊歩道でも十分に対応できる渓谷であると思う。まあ、私たちのような、足より顎が先に出る者にとっては有り難いのだが。 | ![]() |
| この谷の下流に渋沢大滝があるのであろうが、地図の上では3時間ほどかけて大迂回をして行かなければならないようになっている。ちなみに渋沢は"しぼさわ"と読むのであることをこの橋で知った。ここでやっと行程の半分を来たことになる。 橋を渡ったところの急な階段を下りると、周囲の状況が一変する。今までは湿原を抜けて小さな丘を越え、また湿原に降りて木立を抜ける、という繰り返しだったのが、一挙に山の中に分け入ったという感じになった。アップダウンもきつくなってきた。 9時過ぎ、渋沢温泉方面と元湯山荘方面の分岐点に辿りついた。標識には「御池5.6km」「三条ヶ滝 1.1km」「平滑の滝 2.0km」とある。三条の滝まで約6kmと聞いてきたのに700mも行程が増えた上、平滑2kmというのはチトきつい。とくに、平滑の滝はサイトで探しても全く見付からない。雄大な滑滝なのだろうが写真にはなりにくいということなのだろうか。風船が萎むように、平滑への気持ちもスーッと萎んでいくのが感じられた。前方の三条ヶ滝方面には木道が無くなり、極端に道の状況が悪くなっているのが見える。 実際に進んで見るとさほどの急坂ではなく、このまま行けば楽勝かな、と束の間思われたが、そんな思いはたちまち消え失せた。200mほど進むと、平滑の滝と三条ヶ滝の分岐点となった。と、平滑の滝方面から来た一団のハイカー連が口を極めて「いやー、酷い道だった」「行かなきゃよかった」「無駄足だったなー」「損した」などと言っているのを聞いて、先ほど萎んだ平滑の滝への風船はとうとう弾け飛んでしまったのだった。 |
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三条ヶ滝への遊歩道を下り出すと、道は荒れ放題なのに加え、昨晩は田代十字路辺りで泊まったハイカーが続々とやって来て、なかなか先へ進めなくなった。これじゃあまるで銀座のホコテンか巣鴨の地蔵通りじゃないか。それを、避けて進んで、進んで避けて、1kmほど進んだところで突然轟音が響き渡り、突然巨大な滝が木の間から見えた。この出合いの最初の瞬間は、カスケード派を自認する某氏も、感動せざるを得まい。 | ![]() |
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鎖チェーンのついた急な階段を降りると、木材で出来た頑丈な展望台デッキにでる。芋を洗うような混雑とはまさにこのこと。肩が触れ合い、押し分けて、いいアングルを探そうとして動き回るから、右往左往、騒然とした雰囲気である。 | ![]() |
| 尾瀬の三連休の凄まじさを体験し、悪戦苦闘して撮影したのがこれらの写真。この滝の9時半は真逆光となるうえに、この日のピーカンでとうとう思うようなものは取れなかったが、とにかくこの巨瀑の前に立てただけでも、「よくもここまで・・・」と言う思いと共に感動を覚えた。3時間以上ただひたすら目指してきた滝なので、弁当(ウッデイーベルのお握り)を食べ、ポートレートを写したりして(「皺を取らないでね」という 言葉に「バーロイ」と心で反発しつつ)、立ち去り難かったが、遊歩道を大軍団が降りてくるのを見て浮き足立ち、ここが先途と引き上げにかかった。帰りの上りはキツかった。私は山や沢はやらないのであまりキツイとこは行かない。 「どうだろ、5本の指に入るキツサだな」 「何いってんのよ、ここが一番よ!」 「地獄棚だってキツかったぞ。草や枝に取り縋って降りたじゃあないか」 「あんなの100mくらい下っただけよ」 と喧嘩をしておるようでは、茶釜の滝(秋田)、双門の滝(奈良)、御来光の滝(愛媛)等は到底無理ダローな。ただこのあと御池に来る途中で見かけたモーカケの滝、かつて崩落で断念撤退した竜ノ門の滝にリベンジしてやろうという目的があったので、来た道をただひたすら反対に辿った.渋沢大橋を通り過ぎて湿原が見えるようになると、着実に御池に近付いていることが実感され、つい足も速くなる。わたしたちより老夫婦もいて、木道を降り道を譲ってくれる。パスさせてもらって、また追いつかれでもしたら、末代までの恥なので、ヒーコラヒーコラ歩きに歩き、写真を撮る振りをしてはコッソリ休んだ。休むために撮った写真をサムネイルのみ掲げる。 |
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| 午後1時過ぎ、御池駐車場に帰って来た。駐車場はところどころ歯が抜けたような按配であったが、私たちのように三条ヶ滝だけ行って来るような輩はほとんどいないだろう。折角尾瀬に行って、三条ヶ滝のみで帰ってくるなんて、まるで豪華パーティーに行って、茶ソバだけ食べて帰って来るようなものだから、多分尾瀬で一泊した人が戻って来る時間なのだろうと独りで合点していた。。 |
| 竜ノ門の滝は、昨夜、私たちの宿泊を拒否した桧枝岐温泉の外れから入って行く。この滝は二年前、崩落により国道沿いの林道入口のところでわれわれを拒否した滝である。是非リベンジしなければ腹の虫が納まらないというものだ。しかし、今回は、この滝は流身に、金糸銀糸の衣を纏って我々を迎えてくれた。 | ![]() |
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| 私たちの前を、若いカップルが滝に登って行ったが、何か五月蝿そう、煩わしそうだった。我々だって同じ滝に行くのだし、いつまたこられるか分からない。可哀想だが付いて行った.。私は観瀑台ネバッてバチバチ撮っていたがそのカップルは写真も撮らないで、そそくさと引き上げていってしまった。 「おい、あのカップル可哀想なことしたなあ。邪魔しちゃったな」 「あんなのいいのよ。ここでなきゃいけないこともないし・・・私たちだってカップルでしょ」意外と冷たいことを仰るもんだなや。 帰りはR352→R121→R400で塩原温泉を抜けて、西那須野塩原ICから東北道経由で帰宅するつもりだったが、塩原温泉で一寸刻みとなったしまった。この時期、この三連休、日光・那須地区はどのルートが空いているのだろうか? Who knows? [了] |