2005年のゴールデンウィークに一匹の子猫との 出会いと別れがありました。
5月3日に出会い、5月8日にお別れしました。
この短い期間に宮尾くんからのメッセージを受け取った気がします。
1年以上がかかってしまいましたが 宮尾くんが生きたことを少しでも残したいと思います。

宮尾くんは工場の駐車場に段ボール箱の中でたった一匹で泣いていました。
みゃお〜、と泣くのでちゃんとした飼い主さんが見つかるまで 「宮尾くん」と呼ぶことにしました。
まだ目も開いていませんでした。

「困るねぇ」
「生き物は大変」
「置いておきな」

そう言って、大人達は、 宮尾くんと関わらないようにしました。
ただひとりだけ協力してくれたのは同級生の友達だけ。
私と友達が宮尾くんを抱き、温め、ミルクをあげました。
宮尾くんは6日間、

「ガンバレ」
「愛してるよ。」
「あんたを待っている人が必ず居るから」
「幸せになりな。」

という言葉を聞きました。
小さい宮尾くんは何を思ったでしょうか。
毎日ちょっとずつ成長しているように見えた宮尾くんですが、
5月8日に友達から受けた電話は、宮尾くんが旅立ったというお知らせでした。

友達は悲しみと責任を感じ、 「簡単に引き受けちゃいけなかった。。。」と言いました。
私は、それを聞いた瞬間に、 宮尾くんのメッセージを聞いた気がしました。
ありがとうって。
私も友達の協力がどれだけありがたかったか。
そして、次に、「なぜ、みんなが協力しあわないのだろう?」って。

500円でも1000円でもお金に余裕のある人はお金で。 (私にもっとお金があったら!)
段ボール箱ひとつ分の静かで温かいスペースがあるおうちは、場所の提供で。
(私の家が猫が居ても犬に気づかれないくらい広いお家だったら!)
時間のある人は2時間おきにミルクを。(私に仕事がなければ!)
大人たちに生き物を思う余裕があったら。 (私の家族がもっと協力的だったら!)
ご近所が協力の声をかけやすい雰囲気だったら。。。。。。。

これまでに何度か子猫の必死な泣き声を聞き、里親探しをしました。
猫の面倒をみる条件を何ひとつ満たしていない者にとり、大変なことでした。
命をつなぐ気持ちさえあれば、里親さんを探すのは、
チラシを作ったり、ネットで募集したりすればなんとかなります。
地域の人間の無責任で、まだまだ悲しい猫が居なくならないのなら、
飼い主が見つかるまでの子猫のピンチな時期をなんとか乗り切る方法が必要です。
(マンションの駐車場でカラスに食べられてしまった産まれたての子もいました。)

もし、私がまた子猫の泣き声を聞いた時、何の戸惑いも躊躇もなく 手を差し伸べる事ができるか?
そんな泣き声が聞こえないように、歩いていくのか?

私の手の中でミルクを飲んで居た宮尾くん。
次に、宮尾くんの生まれ変わりが道で泣いていた時、 何かできる私になっていないと宮尾くんの死は無駄 になってしまいます。

どこかで私と同じように、子猫の泣き声を聞いた人が、きっと勇気の手を差し伸べている。
私も勇気を出して何かしよう。
そう思えるような行動があちこちに生まれていきますように。

その体験を通じて、猫達の飼い方をもっと真剣に考えてもらえたなら、
人を呼ぶ悲しい猫の泣き声が、だんだん減っていくのではないかと思います。

世界には助け合いが必要な問題がたくさんあります。
そんな世界の悲しみにも、「気づけ!助け合え!」と猫が泣いているのでしょうか。
宮尾くん、あなたのメッセージを受けてから随分時間が過ぎてしまってごめんね。