「新人類エヴァンゲリオンif」 Byプロフェッサー圧縮

    980125版Ver1.0

白い病室で、白い少女が目を覚ます。

白い瞼から現れた赫い瞳が、何もかも白く煙る部屋の中で強烈なコントラストを醸し出す。

赫。血の色。即ち、命の証。

だから、少女は呟く。たまらないやるせなさと、ささやかなる安堵をもって・・・・・・

「・・・・・・私・・・・・・未だ、生きてる・・・・・・?」


新人類エヴァンゲリオンif 其の七「貴方への永遠」

「オーライ!オーライ!・・・ストーップ!!」

黄色い回転灯が止まり、移動の終了が告げられる。それが付いている巨大クレーンから異形の人型を外すべく、沢山の作業着姿がワラワラと取り付いて行く。

・・・しかし、その動きはお世辞にもキビキビしたものとは言えなかった。誰も彼もが及び腰で、遠巻きに見ているだけの姿も珍しくはない。

普通の現場であれば、現場監督から罵声の1ダースも飛んで行ってしかるべきなのだが・・・罵声どころか掛け声さえ躊躇われる、異様な雰囲気が漂っていた。

巨大なる異形の怪物、エヴァンゲリオン初号機。

それは、人類が生み出した汎用人型決戦兵器・・・だったモノ。

専属パイロット・碇シンジの呼び声に応え、深い眠りから目覚めたそれは・・・最強の使徒をいともあっさりと斃し、喰らい、人が施した矮小な仕掛けを吹き飛ばした。

もはや、誰も止められぬ。それを目撃した全てが、そう確信した。

だがしかし・・・罪深き者どもを震え上がらせた咆哮は、その者達が感じたように永遠ではなかった。覚醒の鬨の声を終えた初号機は、その場にしゃがみこむと動かなくなったのだ。

そして、今。初号機は赫い瞳とサングラスに見下ろされていた。

「・・・レイ。アレを、どう思う?」

「・・・・・・分かりません。」

傍らの長身の男に問われた小柄な少女は、極々簡潔に答えた。何時もと同じように、何の感情もこもらない声で。

「・・・・・・・・・そうか。」

男−−−−−−エヴァンゲリオンを擁する、特務機関ネルフ総司令・碇ゲンドウの返答には・・・何時も以上の間と、込められないはずの物があった。

即ち、失望と困惑が。

少女−−−−−エヴァンゲリオン零号機専属パイロット・綾波レイは、それに何の感慨も・・・気付きさえしなかったかのように、視線を戻す。その先には彼女の同僚が、まるで図画工作の胸像のように小さく生えていた。

・・・そう。それはまさしく「生えている」としか言いようがなかった。

その黒髪の少年の、同世代の子供と比べても白く滑らかな肌は、腰の辺りで初号機の青紫と色すらも滑らかに繋がっており・・・一目見ただけでも、両者の分離は並大抵の事ではない事が解る。

男も、少女も、世界最高峰のバイオコンピューター『MAGI』すらも、否、神さえも予想出来なかったであろう《事故》−−−−−−それが《奇蹟》であった事に気付くには、まだまだ刻が必要であった・・・・・・

          ◇          ◇          ◇

「シンジ君!シンジ君!!お願いだから落ち着いて!!」

「だ、だ、だ、だってこれ!いったいどうなってるんですかぁっ!!」

          ◇          ◇          ◇

「レイ。司令がお呼びよ。」

「・・・・・・はい。」

制服姿のまま、休憩所で待機していたレイは、ネルフ技術部責任者・赤木リツコの、やや唐突な出迎えを受けた。しかしレイは、特に何かを感じた風も無く、黙ってその背中を追う。何時も通りに。

が。

「・・・・・・赤木博士。」

10歩も行かない内に、レイはリツコの背中に声をかけた。こんな事は、リツコのすぐに呼び出せる記憶の範囲内にはない。用があるなら、最初に声をかけた時か目的地についてから言うはずなのだ。

「なにかしら?」

だがリツコは振り向きもせず、平然と返事をした。予測済みであったかのように。

「・・・・・・い・・・・・・初号機は、どうなりました?」

「シンジ君なら、検査が終ったから帰したわ。」

「・・・・・・そうですか。」

レイの、一寸した躊躇いを見透かすように、リツコは少女の最も望む答えを無造作に投げ付ける。だがしかし、少女の反応は何時もと変わりはなかった。

・・・否。そう思っているのは少女だけかもしれない。

見えないところでリツコの口の端が、僅かに釣り上がっていたから。

          ◇          ◇          ◇

「碇・・・どうするつもりだ。」

「・・・言うな、冬月・・・」

          ◇          ◇          ◇

「それにきっと・・・使徒がこなくなったら、僕は色々実験されて殺されちゃうんだ。・・・でも、仕方ないよね。僕はいちゃいけない子供なんだ。生きてても、僕のいる場所なんてもう無いんだし・・・」

「・・・こぉのバカシンジっ!!」

ばっちーん!

          ◇          ◇          ◇

「・・・司令。私です。」

「・・・・・・入れ。」

少女が入った部屋には、果てが無かった。

打ちっぱなしの床に伸びる影以上に昏い、密度と質量を持った闇。

その先には・・・闇色の男が、紅いサングラスをかけて立っていた。

「・・・・・・レイ。ここへ座れ。」

「・・・はい。」

少女は一端背を向け、ドアを閉める。光が断たれ影が消え、全ては闇へと帰って行くかと思われた。

だが・・・・・・何処からか、僅かな光でも漏れ入って来ているのだろうか?少女の全身は、ぼんやりと闇に浮かび上がって来ていた。

それはひどく幻想的で、芸術家ならば何かに残さずにはいられない美しさを秘めていたが・・・男には、何の感銘も与えなかったようだ。微動だにせず、ただただ己が命令の遂行を待っている。何時もの通りに。

そして少女は無言のまま、男が指し示した折り畳み椅子に座る。その挙措には、「何故」の文字はない。その様な物は必要ないと、教えられて来たからだ。

「・・・レイ。身体の調子はどうだ。」

「・・・問題ありません。」

「・・・・・・零号機の被害は、思ったほど酷くはないそうだ。そもそも、修理途中だったのだからな。多少、部品の追加は必要だが、ちょうど上がって来た予備が使えるらしい。不幸中の幸いだ。」

「・・・そうですか。」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・レイ。」

「はい。」

「・・・・・・学校の方はどうだ。」

「・・・・・・特に、問題はありません。」

「・・・・・・・・・そうか。」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・レイ。」

「はい。」

「・・・・・・・・・身体の方は、本当に大丈夫なのか?」

「・・・・・・はい。まったく問題ありませんが。」

ここへ来て、少女に変化が顕れた。少女にしてはかなり明瞭に、声に訝しげな響きが混じっている。

この部屋で話す時というのは、非常に機密性の高い話と言う事を意味している。

それが、さっきからの話題といえば、ネルフ内ならば何処で話そうがまったく問題のない事ばかりである。いい加減、疑問の一つも湧こうと言うものだ。

・・・否。違う。そんな事ではない。

少女には解っていたのだ。男から感じる戸惑いと、不安と怯えの波動が。

そしてそれは、少女の恐れでもあった。

だがしかし、少女は言う。全てを明らかにする為に・・・・・・

「・・・・・・・・・司令。」

その一瞬、僅かに男の肩が跳ね上がった。初めて悪戯を見付かった子供のようなしぐさだった。

「・・・・・・司令。」

もう一度、少女が言う。僅かに、本当に僅かに口調を和らげて。

「・・・・・・・・・初号機が・・・・・・・・・サードチルドレンと融合していた初号機が・・・・・・・・・消失した。」

「えっ・・・!?」

男から放たれた闇色の台詞に、少女は驚愕する。同時に渦を巻く、矛盾する想い。

−−−−−−それは、純粋なる意外。

確かに、融合したこと自体も驚きではあった。だがそれはある意味、予想されてしかるべき結果である。《人類補完計画》の、意味するところを考えれば。

がしかし・・・初号機そのものの消失となると、まるで話が違って来る。それは、

《人類補完計画》と真っ向から反する事件といえる。

もっとも少女とて、補完計画とやらの全貌を掴んでいる訳ではない。だが、根幹に関る実験を繰り返し受けていれば、嫌でもある程度の想像は付く。

−−−−−−それは、大きな哀しみ。

補完計画の要である初号機の消失は即ち、その為だけに存在する少女の存在意義の消滅をも意味する。

唯一無二の絆が、途切れてしまった絶望。

それは少女が望んだ、だが拒絶すべき、無への片道切符であった。

−−−−−−そしてそれは、ささやかなる安堵と喜び。

さっきリツコは「シンジ君は帰った」と言った。だから、少なくとも分離には成功したのだろう。

つまり、シンジだけは無事なはず・・・・・・

あの繊細で、人を傷つける事を何より恐れる少年は、もう戦う事はない。それを思うだけで、少女は何故かほっとする。

それだけではない自分に、戸惑いを覚えつつも・・・・・・

「・・・・・・そこで、だ。」

続けて放たれた言葉に、少女ははっ、と顔を上げる。そう・・・男の話は、未だ終ってはいなかったのだ。

「まずは・・・・・・」

言って、男はポケットから取り出したリモコンのスイッチを入れる。即座に何処かに仕込まれたプロジェクターが作動し、虚空に輝く長方形が浮かび上がった。

『な、何だよこれ!?動くのかっ!?』

そしてそこには・・・パニックに陥る、シンジの姿があった。腰から下に、未だ初号機があるところから察するに、少女があの場所から去った直後なのだろう。

『だ、誰!?』

『・・・そ、そんな事言われたって・・・』

『・・・そんな事よりっ!いったい何がどうなってるんだよっ!ちゃんと説明してくれよっ!!』

『だからっ!僕はいったいどうなっちゃったんだよっ!?』

『・・・そんなんじゃ、解んないよ。』

『・・・ああ、なぁんだ。それならそうと・・・』

『ち、ち、ちょっと待ってよ!!それじゃ僕は初号機に取り込まれちゃったの!?』

『あるわね、じゃないよっ!どーしてくれるんだよっ!』

『あっさり言うなよぉ・・・・・・』

・・・どうやら、シンジは誰かと会話しているらしい。その相手が幻覚ではないと言う証拠は何もないのだが・・・少女には何故か、彼が確固として存在する、何者かと話しているような気がしてならなかった。

『ど〜したのじゃないよぉ。これじゃあ、学校にも行けないじゃないかぁ・・・』

『違うぅぅぅぅぅ!そんな事を問題にしてるんじゃないんだぁぁぁぁぁ!』

『不満って・・・そんなの決まってるじゃないかぁ!』

『だ・か・らっ!こんな格好で人前に出られる訳ないだろ!』

『ちがぁうぅぅぅぅぅ!そんな問題じゃないぃぃぃぃぃ!!』

少女の観察をよそに、シンジは見えざる何者かとの会話−−−−−と言うよりも、抗議−−−−−を続けていた。会話の内容から察するに、どうやら相手はこの融合を引き起こしたモノであるようだ。

そこまで考えが至り、少女ははっ、とする。

(・・・まさか・・・《あのひと》!?でも、そんな・・・)

一瞬浮かんだ最悪の想像を、少女は慌てて打ち消した。そもそも《彼女》であるならば、シンジのこの反応は不可解なのだ。

『・・・だからぁ、僕を元に戻してってば・・・』

『・・・・・・だからぁ・・・・・・このままじゃ、みんなと一緒に暮らせないんだってば・・・・・・』

『う、うん。それはそうだけど・・・・・・』

瞬間、画面がホワイトアウトする。少女が、その赫い眸を細めた頃には画面は元に戻り・・・否、何処にも少年がいない、と言う明確な違いが残された。

『・・・ここは・・・』

『あ、足がある!』

『・・・う、うん。ありがとう。』

と、下方から少年の声が響き・・・カメラが下に向けられる。

そこには、少女が最も見慣れた、カッターシャツに黒ズボン、と言った出で立ちの少年の姿があった。

・・・そう。カッターシャツに黒ズボン、である。

ズボンを穿いていると言う事は即ち、脚がある。

容易ならざる作業と思われていた、サードチルドレン碇シンジとエヴァンゲリオン初号機との分離は、ものの3秒で完了してしまっていた。

それだけなら未だしも、当然見えるべき初号機の巨体は、影も形も無いのである。

余りといえば、余りにも不条理究まる現象に・・・少女は一瞬、この画像が何等かの心理テストではないか?と言う疑惑に駆られた。

「・・・・・・以上が、事の顛末だ。」

だが、そこで電源を切った男の言葉が今見た事象を、紛れもない事実だと知らしめる。少女は暫し、言葉を失った。

「・・・・・・・・・司令。それで碇君・・・サードチルドレンは、どうなったのでしょうか?」

「検査の結果、まったくの問題なし、と出た。現在の我々の技術では、今までのシンジとの区別は付けられないらしい・・・・・・まったく、科学で計れない事など、この世には幾らでもあるのだな。」

躊躇いがちの、少女らしからぬ問いに・・・男も、普段絶対に見せない自嘲を覗かせる。

それは、この二人の間においても希有な事であったが・・・今の二人に、そんな事に気を配っている余裕などはなかった。特に、男には。

「・・・しかし、だ。多分初号機は消えてはいまい。何らかの形で、サードチルドレンと融合状態にあるはずだ。」

一体何の根拠があるのか、力強く男は断言した。せざるをえなかった。そうするしかない事を、少女は知っていた。目の前に絶壁のように佇む、男の強さとその脆さを。

「・・・・・・そこで、だ・・・・・・レイ。明日、サードチルドレンを確保し、ターミナルドグマに連れてこい。方法は、追って知らせる。」

「・・・・・・・・・司令、質問があります。」

それまでの躊躇いを振り切るように、用件を一息に告げた男に・・・少女−−−−−−綾波レイと呼ばれる少女は、問う。聞く必要のないはずの、今まで聞いた事も無い事を。

「・・・・・・何だ。」

「碇君をターミナルドグマに連れて来て・・・・・・どうするのですか?」

意外な問いに、男のこめかみが僅かに動く。・・・が、いま告げても同じだ、とでも思ったのであろう。男は何時もと変わらぬ口調で、言葉を継いだ。

「・・・零号機で《槍》を用い、初号機とサードチルドレンを分離してもらう。あの《槍》ならば、それが可能なはずだ。」

「・・・・・・碇君は、どうなるのですか?」

「・・・恐らく、生きてはいられるはずだ。」

その返答の中に、諦めにも似た絶対を感じ取り・・・・・・レイは、再び沈黙する。

しかし、それは男が感じたように、永遠ではなかった。

「・・・・・・司令。」

沈黙を破ったのは、サラサラのプラチナブロンドをショートにした、神秘的な美少女であった。その口調に、咎め立ての微細片が混じっているように思えるのは、男に後ろめたいところがあるからなのだろうか。

「・・・・・・分っている。」

暗闇の中ですら、絶対服従の人形相手にすら・・・本心をサングラスで隠した男は、重苦しくも短い返答を返す。それ以上何か言えば、表に出てはならない何かが、顔を出すかもしれないから。

「・・・司令。」

再び、レイは言葉を発する。先程と同じ言葉に、違う意志を乗せて。

「・・・分っている。分っているからこそ、だ。」

男−−−−−特務機関司令にしてサードチルドレン碇シンジの父親・碇ゲンドウは、周りの闇が深くなりそうな声で答える。心の闇を声音に乗せれば、己の罪が救われるかのように。

「命令、なんですね。」

レイがぼそり、と言う。

だが、いつもと同じく感情の籠らないはずの声音は・・・微かに震えていた。

「・・・そうだ。」

ゲンドウの答えは、簡潔で揺ぎない。揺らいではならない。もしそんな事になれば、これから成そうとしている事全てが水泡に帰す。

だが・・・その両手は、固く握り締められていた。両手のみならず、全身が凝固したかのように固まっている。そうしなければ、揺ぎない答えが出来ないように、レイには思えた。

「・・・・・・・・・分かり、ました。」

だから、レイは答えた。闇が、わだかまるほどの時間をかけて。

ゲンドウは−−−−−−それが当然であるかのように、全く表情を変えずにただ佇んでいた・・・・・・そう、血が出そうなほどに握り締めた、手もそのままに・・・・・・

          ◇          ◇          ◇

「・・・いいんですかミサトさん!?」

「もちよん。中学校は義務教育なんだから、行くのが当たり前でしょ?」

          ◇          ◇          ◇

「・・・あ、綾波。おはよう。」

教室の扉を開けると、そこは昼休みだった。

何時も通りの教室には、概ね何時も通りの位置に生徒たちがグループを作っている。

レイに声をかけた少年、碇シンジもそうだった。教壇から見てやや後方、窓寄りの席に座り、友人の同級生・相田ケンスケと向かい合っている。つい先日まではその横に黒ジャージの少年が、だらしなく脚を机上に投げ出していたのだが・・・「事故」により、現在は入院中であった。

「・・・・・・」

閑話休題、レイは同級生にして同僚であるはずの少年の顔を一瞬見つめた後、何事も無かったかのように自分の席に直行した。その間中、自分を追い掛ける視線に、気付いてはいたけれど。

「・・・碇〜?綾波と、なんかあったのかぁ?」

「え?別に、何も無かった・・・と思うけど・・・」

「ホントかぁ〜?最近、綾波って挨拶くらいは返して来るようになってただろ?それが今なんて、なんか逃げるみたいに行っちゃったじゃないか。」

「・・・・・・うーん・・・・・・もしかして・・・・・・」

「お?何だ、心当たりがあるんじゃないか。」

「あ、いや・・・やっぱり、お昼に『おはよう』はおかしかったかな、って・・・」

「・・・碇。すまん、オレが悪かった・・・」

等と、平和ともマヌケともつかぬ会話に耳をそばだてつつ・・・レイは、ポケットの中の小瓶を握り締める。

それは無意識の行為であったが・・・そこに込められた力は、渾身と表現するに値する物であった・・・

          ◇          ◇          ◇

「・・・・・・あ、綾波?僕は一体・・・・・・」

「・・・疲れてたみたいね。良く、寝ていたわ。」

「そ、そう・・・・・・あ、僕、カップ落しちゃった?ごめん、すぐ片付けるよ。」

「・・・いいの。」

言って、ジッとシンジの瞳を覗き込むレイ。その瞳が、濡れたルビーのように輝いている。いつもと違う視線に、うろたえるシンジ。

「で、でも、このままにしてたら危ないし・・・そ、そうだ!新しいカップも買わなくちゃ・・・」

とか何とか言ってみるが、レイの視線は揺がない。言う事が無くなったシンジは、ただただ固まってしまう。

「・・・・・・碇君。」

「な、なに?」

「お願いが、あるの。」

「な、なに?」

ふわり、とやわらかな香りがシンジの鼻をくすぐる。突然の出来事に、またまた凍り付くシンジ。

「・・・少しだけ、このままでいさせて・・・」

シンジの胸の中で、囁くように言うレイ。シンジは抱きかえす事も出来ずに、ただただ固まるのみであった。

「・・・・・・碇君・・・・・・」

・・・やがて、レイは再び口を開く。何かを求めるような、訴えかけるようなその瞳に、シンジは我知らず喉を鳴らす。

「・・・あや・・・なみ・・・」

その唇から漏れいでる、ため息にも似たつぶやき。だがそれは、少女の心臓に電流のような衝撃をもたらす。

(・・・なに・・・何なの、この感じ・・・?)

少女の戸惑いをよそに、少年の顔が視界一杯に広がって来る。自分の躰が勝手に動いている事にすら、少女は気が付かない。

そう。少女の想いはただ一つ。未だ言葉には出来ない、魂の奥底から沸き上がって来る感情。

そのかたちに気付く前に、少女の想いは現実の物となりつつあった。

そのことが、怖くて。

少女は、そっと目を閉じる。魂の願いが、叶う瞬間を信じて・・・・・・



Successors to God "EVANGELION"

EPISODE07:Cinderella's WindingRoad.


「・・・シンちゃん・・・まさかあなた・・・」

「・・・・・・はい?」

「子供が出来たんじゃないでしょうね!?」

          ◇          ◇          ◇

べち。

何となく予想していた感触と、余りにもかけ離れた感覚に・・・少女は目を開ける。

そこには見覚えのある灰色が、一面に広がっていた。

取り敢えず、手を使って自分の体勢を確認してみる。ぺたぺたと言う間の抜けた音と共に、硬質のひんやりとした感触が手のひらに伝わって来た。・・・どうやら、うつ伏せになっているらしい。

「・・・・・・」

少女は、無言で身を起こす。すぐ右隣にベッドがある事から推察して、どうやら寝てる内に転げ墜ちたらしい。

状況確認を終了させた少女は、両手を顔まで上げると、一言呟いた。

「・・・・・・・・・痛い。」

          ◇          ◇          ◇

「・・・あ。おはよう、綾波・・・って、どうしたの?それ。

「・・・・・・大丈夫。ちょっとぶつけただけ。」

朝のHR前、2−A教室内。

シンジは、登校して来た少女の可憐な鼻梁と白い額に大きめの絆創膏を発見し、眉根を寄せた。一応、限り無く透明に近い色を選んで来たつもりだが・・・やはり少女の抜けるように白い肌では、溶けこませるのは不可能であったようだ。

何しろ鈍感な事山の如し、例え気が付いたとしても大抵の事では口に出さないシンジが、開口一番に指摘したくらいである。死ぬほど目立っているに相違ない。

「・・・ぷっ。なーによぉファーストそれぇ〜?新手の芸かなんかぁ?」

シンジの横にいる弐号機パイロット、惣流・アスカ・ラングレーに至っては、明白に笑いをこらえている様子である。堪え性の無い彼女の事、あと1分もしない内に、そこら中転げまわるに違いない。

そんな彼女を一瞥し−−−−−−睨みつけた、とも表現出来る−−−−−−少女は、すたすたと自分の席に向かう。その涼やかな目許がちょっぴり釣り上がってたりもしているが、まぁ当然といえばそうかもしれない。

「・・・あ、あのさ・・・」

予想外の近さから掛けられた声に振り向けば、シンジの顔が目の前にあった。反射的に、すこしのけ反ってしまうレイ。

「・・・な・・・なに?」

「あ、ご、ごめん。ただ、その・・・ホントに大丈夫かな?って・・・」

半ば心配、半ば照れの少年の言葉に・・・少女はごく僅かに、口許を弛ませる。

「・・・・・・ええ、大丈夫。」

「・・・そ、そっか。なら良かった。」

その微笑みに答えるように、少年はちょっとはにかんだ笑みを向ける。瞬間、少女の思考は真っ白に漂白された。

「・・・くぉら、バカシンジッ!!アンタ、一体なぁぁぁにやってんのよっ!?」

「な、何って・・・その・・・綾波、大丈夫かな、って・・・」

「大丈夫も何も、ばんそーこー一枚で済んでるんだから、そんな大したモンじゃないくらい見てわっかるでしょお!?ほら、もう授業始まるわよっ!とっとと行きなさいよホントにもう邪魔なんだから・・・」

とかなんとか、メガネ君曰くの『夫婦漫才』を繰り広げつつシンジが去って行っても・・・レイの思考は、未だ停止したままであった。

その状態は、担任が24秒ほどその肩をシェイクするまで続いたりする。

それまでの周囲の情景を、年齢不詳な約1名はこう語っている。

『理科室ノ標本ガ、何時ノ間ニカぽんッテ置カレテタッテェ感ジカシラネ?』

と・・・・・・

          ◇          ◇          ◇

「・・・でも・・・借りは借りよね。ちゃんと返すから・・・首を洗って、待ってなさいよ。」

          ◇          ◇          ◇

「・・・シ〜ンジッ!お弁当は?」

その日の昼休みも、紅毛碧眼の少女の第一声から始まった。

「あ、うん・・・はい、これ。今日は空揚げときんぴらゴボウが入ってるから、あんまり傾けないでね。少し、汁が出てると思うから。」

「はいはい、分かったわよ。ほんっとーーーーーーに、アンタってこまっかいわねぇ。」

「・・・細かいって・・・味が混ざったりしたら、美味しくないじゃないか。」

「そりゃまぁ・・・そーだけどぉ・・・」

何時もと、同じようで違う会話。

それは、怯えがなりを潜めた少年の、包みこむような優しさの所為だろうか。

それは、何処となく険が取れて来た、少女の自然な物腰の所為だろうか。

そんな二人を・・・紅眼銀髪の少女は、不可思議な気持ちで見つめていた。

(・・・碇君と、弐号機パイロット・・・すごく、気になる。どうして?・・・それに・・・それに、この気持ちは、なに?何か、もやもやした感じがする・・・)

「折角作ったんだから、美味しく食べてもらいたいんだよ。だから、ちょっとだけ気をつけてよ。ね?」

「う。・・・・・・わ、分かったわよ・・・・・・アンタがそこまでお願いするんだったら、やってあげてもいいわよ。ま、まぁ!このあたしが、そんなヘマする訳元から無いんだけどさっ!!」

にっこり微笑うシンジに言い含められ、ぎこちなく不承不承を装うアスカ。これで、視線を逸らしてたり顔をカラスウリにしてさえいなければ、《いつものこと》で済まされるのかもしれないのだが。

(弐号機パイロット・・・・・・どうして、碇君の事見ないの?あんなに、あんなに綺麗な笑顔なのに・・・・・・)

レイは、心底不思議だった。

最近の・・・初号機と融合合体し、事実上《神》に等しい力を手に入れてからのシンジは、知りあった頃に比べると段違いに良く笑うようになった。それも、以前は決して見せなかった、内面から沁み出るような、誰をも惹き付ける美しい笑顔。

それは、哀しみも喜びも知る者だけが持てる、最高の表情。

なのに・・・・・・なのに弐号機パイロットは、あの笑顔から顔を背けている。

(・・・私の方が・・・私の方が、碇君を前から知っているのに・・・私にはあんな綺麗な顔、してくれた事無い・・・)

そこまで考えて、レイははっ、とする。

(・・・・・・どうして、私はこんな事を考えるの?私は・・・・・・私は、碇君の笑顔が欲しいの?私だけに、笑いかけて欲しいの?)

自問しても、自答は返ってこない。

レイは、何処と無く切ない眼差しで、何時までもシンジを見つめていた・・・・・・

          ◇          ◇          ◇

「さっ、行くわよっシンジ!」

「・・・・・・行くって・・・・・・何処に?

放課後。

アスカはシンジに、何処と無く嬉しそうに声をかける。対するシンジは良くある反応其の参《不思議そうな表情》を返した。ほんのちなみに、其の壱と其の弐は《ちょっと迷惑そうに応じる》と《微笑みながら頷く》である。

アンタ、バカぁ?今日は、定例ハーモニクス試験!まったくもぉ、こーんな事も覚えてないんだから・・・」

「いや、だってさ・・・僕、もう行ってもがもがもが。」

シンジの台詞は、すべて出切る前にアスカの手によって塞がれた。逆の手でシンジの衿首引っ掴み、自分の鼻先5cmまで顔を引き寄せる。

「・・・バカ!アンタだけ試験しなくていいなんて、不自然でしょ!?アンタバカだから、自覚ないんでしょうけどね・・・アンタは、歩く国家機密なのよ!ちったぁ自分の立場ってモン、わきまえなさいよっ!大体このあたしを一人寂しく行かせて、アンタ何とも思わないのッ!?男だったら、付き合うのが当然って〜モンでしょうが!?」

小声ながらも十二分な迫力の籠った台詞に、シンジはカクカクと頷いた。その様子に軽くため息をつきながらも、アスカはシンジの口を解放した。

・・・が、アスカは即座に後悔した。シンジの次の台詞を予想出来なかったことに。

「一人寂しく、って・・・綾波も行くんだろ?別に一人って訳じゃ・・・ぐぇっ!

てんやわんやな二人を眺めつつ・・・レイは、このところ自分を支配している感情に戸惑いを覚えていた。

(・・・どうして、胸が痛むの?検査では、何も問題なかったのに・・・それに、どうして学校でだけ痛みが続くの?碇君を、直に見てるから?それとも・・・それとも、弐号機パイロットが碇君と一緒にいるから?でも、どうして?どうしてそれで、胸が締め付けられるの?)

レイには、解らなかった。

身体は本当に、何処も悪くはない。検査でもそう出たし、何より自分自身で感じている。むしろ、軽く感じられるくらいだ。特に、学校に行く時などは。

だが、学校でシンジ達に会うと、途端に胸が痛くなる。苦しくなる。

(痛み・・・苦しみ・・・身体が発する、危険信号。でも・・・でも、これは違う気がする・・・)

・・・と、そんな事を考えている内に・・・アスカのヘッドロックから逃れたシンジが、こっちにやって来た。何となく、居住まいを正してしまうレイ。

「・・・あ、あのさ、綾波・・・」

「・・・・・・な、なに?碇君。」

「う、うん。実はね・・・」

「ほらシンジッ!とっとと行くわよっ!!ついでのファーストも、ぼさっとしてない!!」

シンジが本題を口にするより遥かに早く、何時の間にかやって来たアスカがシンジの腕を引っ張る。これから会話しようとしたところを邪魔されて、レイは傍目にも解るほどに不機嫌になった。

「・・・・・・なによ優等生。何か、文句でもあるの?」

「・・・碇君の話は、未だ終ってないわ。」

刺すようなアスカの視線を真っ向から受け、レイは毅然として言い返した。予想外のリアクションに、少したじろいでしまうアスカ。

「あ、あのさ綾波。実はこれから、ハーモニクス試験があるんだ。」

「・・・知ってる。」

「だからさ・・・その・・・一緒に、行かない?」

「・・・・・・分かったわ。行きましょ。」

その僅かな間隙を縫って、シンジがレイに話し掛ける。珍しい事に。

だから、という事も無いのだろうが・・・レイはあっさりと矛を収めると、それなりに中身の詰まった鞄を持って立ち上がった。

「・・・・・・あぁそぉ!!分かったわよ!シンジはどぉぉぉぞ、そこの優等生と仲良くやってれば!?あたし、先行く!!」

レイとシンジの感覚では、突然に。

アスカは怒鳴り散らすと、教室から走り去ってしまった。後には、呆然とするシンジと、複雑な表情のレイが残された。

そう、幾多の感情がブレンドされた、人間にしか出来ない表情が・・・・・・

          ◇          ◇          ◇

「・・・赤木博士。質問があります。」

定例ハーモニクス試験直後。

実験管制室から出ようとするリツコを、レイは呼び止めた。

「そう。なら、付いてきなさい。」

リツコは振り返りもせずに言うと、一瞬止めた足を再び進め始めた。まるで予想済みであったかのように、躊躇無く。

「・・・はい。」

レイはぼそっ、と返事をすると、すたすたと後をついて行く。暫くは無言の道行きが続き・・・《第六診察室》と名付けられた部屋の中で、終わりを告げた。

「・・・で?質問って、何かしら?」

椅子の背凭れに身を預け、リツコは丸椅子の上で縮こまっている(ように見える)少女に声をかけた。少女は・・・おずおず、と言う表現がピッタリの様子で、口を開いた。

「・・・・・・実は・・・・・・私の身体のことなんですが・・・・・・」

「代謝機能、運動能力、脳波心電図・・・どれをとっても、正常値を示しているわ。レイ、貴方は健康よ。」

少女の訴えたい事は解ってはいたが・・・リツコは敢えて、ここ数日繰り返して来た内容を口に出した。はっきりとした昏い感情と、自分でも良く解らない、幾許かの思いやりを以って。

「いえ・・・・・・そうではなくて・・・・・・その・・・・・・」

そんなリツコの内面など知る由も無い少女は、俯いたまま言葉を濁す。そんな様子を、暫く見ていたリツコであったが・・・このままでは、埒が開かないと思ったのであろう。一つ、手持ちのカードを切る事にした。

「・・・レイ。胸が痛むって、言ってたわよね?」

「・・・・・・はい。」

「その症状が出るのは主に学校で、とも言ってたわね?」

「・・・はい。」

「それはもしかして・・・・・・シンジ君が近くにいる時じゃない?」

文字通り、目を真ん丸に見開いたレイに・・・リツコはそれなりの満足と、予想外の驚きを感じていた。まさか、ここまでのリアクションがあるとは思わなかったのだ。

「・・・もしかして・・・もしかして碇君が、何か関係しているのでしょうか?」

「状況から見て、その可能性は高いわね。」

関係も何も、原因そのものじゃないの。

思わずそう言ってやりたくなったが、それでは余りに芸が無い。

・・・と、そこまで思った瞬間・・・リツコの脳裏に、ある考えが急速に形作られて行った。

2、3の脳内質疑応答を一瞬で完了させ、リツコはこのプランを自己承認した。

それがずっとずっと後に、どんな結果を招くかも気付かずに・・・・・・

「・・・ねえ、レイ。シンジ君には、何か聞いてみたの?」

「・・・・・・・・・いえ。」

「そう・・・・・・確かに、直接聞くのは問題があるかもしれないわね・・・・・・なら、他にそういう症状の人がいないか、調査した方がいいでしょうね。」

「・・・・・・調査・・・・・・ですか。」

「そう。それで貴方と同じ症状のひとが見付かれば、何かの手掛かりになるかもしれないわ。そうねえ・・・まずは、シンジ君と一緒にいる時間が長いひとから、当たるべきね。」

「碇君と・・・・・・一緒にいる・・・・・・」

それっきりブツブツと、自分の世界に入ってしまったレイに・・・リツコは、僅かに笑みを浮かべる。

それは勝利者の笑みであったが・・・・・・後に、複雑無比な笑みに変わることになる。

だが・・・その事をリツコもレイも、予感さえする事はなかった・・・

          ◇          ◇          ◇

「・・・・・・でも・・・・・・私・・・・・・」

「だいじょぶだいじょぶ。分かってるって、あなたが奥手な事くらい。・・・ま、このミサトおねーさんに全て任せなさいって!」

          ◇          ◇          ◇

「・・・はぁい、レイ!約束通り、色々持って来たわよん☆」

扉を開ければ、そこは軽薄な顔であった。

レイは黙って、大荷物を幾つもぶら下げたミサトを招き入れる。何時もながらの無愛想に、ミサトはちょっとがっかりした顔になったが・・・すぐさま気を取り直すと、いそいそと殺風景な部屋へと上がり込んだ。

「・・・・・・しっかし、あいっか〜らずな〜ンにもない部屋ねえ。こんなとこに住んでて、つまんなくない?」

「いえ・・・特に問題はありません。」

「そ・・・そお?でもこの部屋の事、シンジ君はけっこぉ気にしてるみたいよ?」

「・・・・・・え?」

「カーテンくらい入れた方がいいかなとか、壁紙張ったら少しは違うかなとか・・・」

「・・・・・・そう・・・・・・ですか・・・・・・」

シンジの名を出した途端、嬉し不安な表情になるレイに・・・ミサトは内心、かなりの驚きを感じていた。ミサトでさえ、声をかけるのを躊躇わせていた見えない壁は、シンジと言う呪文と共にあっけなく融解してしまっていた。

(レイ・・・貴方、本当にシンちゃんの事・・・)

「・・・ま、まぁとにかく。マヤに言って、わりかしスタンダードな奴持ってこさせたのよ〜。マヤってさあ、外見で解る通りに少女趣味なのよね〜。ほ〜ンと、こ〜ゆ〜時に助かるわあ。」

「・・・・・・」

そんな動揺を出さないように注意しつつ、ミサトは笑顔で紙袋を持ち上げて見せた。レイはその動作を、黙って目で追う。

「・・・えーっと・・・これはマンガで・・・こっちはビデオ・・・これは、文庫ね。」

どさどさと、目の前に形作られる3つの小山。

それは、アスカ辺りが見たら呆れ返る事必至の量であったが、レイの流れるような柳眉を動かす事は叶わなかった。

ただ、手の動きをじっと見つめているところから、まったく興味が無い訳でもないらしい。その様子を視界の端に捉え、ミサトの口許が我知らず綻んで行った。

それは・・・かつて駅のホームに佇むシンジに投げ掛けた、あの微笑みと何処か似ていた。

「・・・ッと、オシマイ!ンじゃレイ、まずはこれ全部目ぇ通しといてねん。そうね・・・2、3日後に、一回来るから。それまでに、ペース掴んどいて。」

「・・・・・・はい。分かりました。」

「それじゃあレイ・・・・・・頑張んのよ!

最後の指示を与えると、ミサトはひらひらと手なんぞ振りつつ去って行った。レイはそれを見届けると、取り敢えず一番上に載っている文庫を手に取って見た。

「・・・・・・《耳をすませば》?」

取り立てて意味もなく題名を呟き、レイは本を開く。

何時も読んでいる、専門書と同じ日本語で書かれた本。

何時も読んでいる、紋切り型の文とは全く異質な文章。

レイは軽い戸惑いを覚えたものの、何時しか新しい世界に没頭して行った・・・・・・

          ◇          ◇          ◇

「レイ〜?どおだったあ?」

2日後。

ミサトは再び、レイの部屋に押し掛けて来ていた。

その軽薄な顔を一瞥すると、レイは黙って招き入れる。前回とまったく変わらぬ反応に、ミサトの眉根が一瞬寄ったが・・・すぐに気を取り直すと、いそいそとかなり散らかっている部屋に入って行った。

「・・・で、どお?」

「・・・・・・?」

ベッドに腰を下ろしたレイの正面にどっかと座り込み、ミサトは再度、レイに問いかける。問われたレイは、僅かに小首を傾げ、ただミサトを見返していた。

「いや・・・だからね、この前持って来た奴なんだけど・・・」

「・・・何か、問題でもあったんでしょうか?」

「・・・・・・いや・・・・・・そうでもなくてえ・・・・・・」

余りの話の通じなさに、ミサトは頭が痛くなって来ていた。こんなところから教育しなければならないかと思うと、安請け合いした自分を呪いたくなるが・・・一旦引き受けた以上、今更止める訳にも行かない。ミサトは、腹を括った。

「・・・ねえ、レイ。まず、確認したいんだけど・・・この前持って来た奴、全部目を通して見た?」

「・・・・・・いえ。」

「どうして?」

「ビデオを再生する物が無いからです。本は、すべて読みましたが。」

レイの言葉を聞いて、ミサトは「あっちゃ〜」な顔になった。それは、単に自分の失態に対する物であったが・・・レイが、徹夜で全ての本を読み切ったと知れば、また違った表情が見られた事だろう。

閑話休題。

「そ、そう・・・でも、本は読んだのよね?」

「・・・・・・はい。」

「じゃあ、本だけでいいわ。読んで見て、何か感じなかった?ほら、胸が苦しくなったりとかぁ・・・」

「・・・いえ。別に異常はありませんでした。」

「そ・・・そう・・・」

ともすれば額に行きそうになる右手を意志の力で押えこみ、ミサトは引きつった笑顔を張り付かせた。枯れかけたやる気を再度奮い起こし、もう少し突っ込んだ話をしてみる。

「じ・・・じゃあさ。主人公の女の子達の行動、どう思った?」

「・・・行動・・・ですか。」

「そう。男の子にラブレター出したりとかあ、デートしたりキスしたり・・・そーゆー事、やって見たいとか羨ましいとか思わない?」

「・・・・・・いえ・・・・・・別にそういうことは・・・・・・」

「そ・・・そお・・・」

(おっかし〜わね〜?レイってば、ホント〜にシンジ君の事、好きなのかしら?)

ミサトは思わず、根元的なところに疑問を持ってしまった。だがそれは、単なる杞憂に過ぎなかった。

「・・・・・・あの・・・・・・葛城三佐。恋人というのは、そういう事をしなければいけない物なんでしょうか?」

「・・・・・・いや・・・・・・別にいけない、って事はないと思うけど・・・・・・・」

「ですが、この本の主人公達はほとんど例外なく、先程葛城三佐がおっしゃった行動に出ています・・・・・・これは、恋人の定義とは違うのですか?」

「定義、って・・・・・・そーゆー問題じゃないんだけど・・・・・・そもそも、レイだって胸が苦しくなるんでしょ?シンジ君の傍にいると。」

「・・・・・・・・・はい・・・・・・・・・」

「この本の女の子だって、そうなったって書いてなかったあ?そしたら、その後にするべき事も同じなんじゃない?」

「・・・・・・私が・・・・・・碇君と・・・・・・?」

「そうそうそう。」

「・・・・・・・・・(ぽっ)

やっと(?)真っ赤になったレイに、ミサトはやれやれといった表情になる。が、すぐにある事に気が付いた。

「・・・・・・レイ。もしかして、主人公の女の子達に共感してないんじゃない?」

「・・・共感・・・ですか?」

「そう。『ああ、自分も同じ事をするだろうな』とか、『この娘の気持ち、すごく良く解る』とか・・・そういうこと、読んでて感じなかったンじゃない?」

「・・・・・・はい。」

「・・・やっぱりね・・・」

ミサトは深々と頷くと、肺の中の空気を全部ため息にして吐き出した。

(私とした事が、迂闊だったわ・・・・・・自分と似たような境遇でなきゃ、共感も感情移入もないわよねえ・・・・・・)

ミサトとて、レイの過去を知っている訳ではない。だが、一般的な学園ラブコメの世界と無縁であった事くらい、彼女を1日見ていれば解ろうと言うものだ。

本にしてもビデオにしても、所詮は知識のみを提供するもの。そして知識を己が血肉とする為には、その知識が前提とする経験が必要なのである。レイに、その経験がある訳はなかったのだ。

(・・・とするとお・・・さてはて、一体ど〜してくれちゃおうかしらね〜・・・)

首を傾げてうんうん唸って見たりもするが、これと言った妙案は出てこない。そんな自分を、レイが不安そうに見つめているだけに、余計に頭が回らなくなって行く。

「・・・・・・え〜ッとお・・・・・・取り敢えず本は読んだんだからあ・・・・・後は・・・・・・ん?」

間を持たせる為にぶつぶつ言いつつ、視線をさまよわせていたミサトだったが・・・ふと、ビデオの山に目が止まった。吸い寄せられるように、ある一本に意識が集中して行く。

「・・・これだわ!!レイ、悪いんだけどもうちょっちだけ待ってくれる?絶対、何とかするから!!」

言うが早いかビデオを引っ掴み、弾丸のようにすっ飛んでいくミサト。後には、《唖然とする綾波レイ》という、世にも珍しい物が残された・・・

          ◇          ◇          ◇

「はぁい!!待たせたわねん☆」

更に、2日後。

扉を開ければ、そこは徹夜明けであった。

「いっやー!!思ったよりてこずっちゃったわ〜ほんっと!私もむっか〜し、ちょぉっちだけ噛った事あるんだけどさ〜!やっぱ、編集って大変よね〜!何が難しいってさぁ、やっぱしど〜してもズレたりする訳よこれがまた!機材はけっこぉ良かったんだけど〜、所詮は個人の趣味レベルだからね〜!いや、ほんっっっっっとぉ〜に大変だったのよ〜!」

モデル並みの美貌に隈なぞ作りつつも、異様にハイテンションなミサトである。

言ってる事も、かなり意味不明だが・・・前後の状況から推察するに、何やらビデオに関係する事らしい。

「・・・まっ、とにかくぅ!ちょ〜ッち、中入れてくんなあい?色々、セッティングとかあるからさ〜!」

あくまでもにこやか〜に言うミサトに、レイは、はっと我に返る。

慌てて道を開ける横を、のそっ、としか表現しようのない動作で通り過ぎていくミサト。その姿に、レイは何故か初号機を連想した・・・単に、猫背だったからかもしれないが。

「さーってっとっ♪レイぃ〜、コンセント何処ぉ〜?」

登山用と覚しきリュックサックを下ろしながら、ミサトは能天気に問いかける。レイが無言で指さすと、ミサトは取り出したテーブルタップをいそいそと接続した。

「さーってっ♪お次に取り出したるは・・・・・・じゃーん!最新鋭ノート型デッキィ〜〜〜〜〜〜っ☆一見するとノートコンピュータに見えるけど、その実体は何と!大画面12インチ液晶モニター付きのビデオデッキなのだぁ〜〜〜〜〜〜!!ってこら、レイ!ノリが悪いわよっ!!

すっかり壊れているミサトに、身が引けるレイである。恐るべし、《徹夜ハイ》

「まっ、い〜わ!とにかく、使い方説明するからぁ。こっちいらっしゃい、こっち!!」

言ってにこやかに手招きするミサトではあったが、レイは身を引いたまま動かない。何処と無く、飲み屋の中年課長と女子社員を彷彿とさせる光景である。

「・・・も〜、レイったら!!そんなとこにいたら、教えられないでしょお!?命令よっさっさとこっち来なさい!」

「・・・・・・はい。」

だが流石に、命令とあっては従わぬ訳には行かない。レイはとことこと、ミサトのすぐ横まで歩いて行った。

よーしよし・・・いい?ここが、ビデオ入れるとこ。ンでこれを押せば、再生が始まるから。一時停止はこれで、停止はこれね。後は・・・」

レイが立ちっぱなしにも関わらず、説明を始めるミサトである。もっとも、レイ本人が気にしていないようであるから、特に問題はないのかもしれないが。

「・・・・・・ッと、これで一通りの操作は教えたわ。ンじゃレイ。まずはこのビデオから見てちょうだい。見終ったら、こっちのビデオを見て。・・・あ、そ〜そ〜!最初のビデオの中身、なるべく覚えるようにしとくのよ!もう一本のビデオに、ふっかぁぁぁぁぁくカンケーするからね!じゃそーゆー事で・・・私はちょ〜っち、仮眠させてもらうわ・・・流石に、貫徹でディスプレイとにらめっこは堪えるわぁ〜・・・じゃ・・・見終ったら、起こしてねん・・・

言いつつ、レイのベッドに断りも無く倒れこむミサトを、レイはじっと見送っていた。が、すぐに視線を手元に戻すと・・・そのタイトルをぼそっ、と呟く。

「・・・・・・《卒業生スペシャル》?」

が、無論それでどうなるもんでもない。取り敢えず、手渡されたビデオをデッキに入れてみる。

ラベル隅に小さく書かれている《R指定》の意味するところにも気付かずに・・・・・・

          ◇          ◇          ◇

「・・・・・・・・・ん・・・・・・・・・ん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!あ〜、良く寝た。」

ミサトは半身を起こすと、思いっきり伸びをした。肩やら背骨やらが、派手にぼきぼきと鳴る。

「・・・・・・ふう。最近ちょ〜っち、運動不足かしら?昔はこれくらい、何てこと無かったんだけどな〜・・・・・・」

運動不足とゆ〜よりも、主たる原因は別にあるよ〜な気もするが・・・その説は妙齢の女性にとっては、最大の禁忌に触れる物である。自動的に思考回路から除去されていても、まあ無理からぬところではあろう。

「ッと・・・レイ〜〜〜〜〜〜?どお、何処まで見・・・」

言いつつ、デッキを設置した方に振り向いたミサトは、一瞬凍り付く。

デッキの横にうつ伏せに倒れる、レイの姿が目に飛び込んで来たから。

「ち・・・ちょっとレイ!?どうしたの、しっかりしなさい!!」

慌てて駆け寄り、抱き起こす。熱い。

「レイ!レイ!!大丈夫!?」

「・・・・・・・・・はう?」

左手でぺちぺちと、軽く頬を叩いてみる。うっすらと目を開けるレイに、ほっとするミサト。

「・・・ふ〜・・・も〜、おどかさないでよホントに・・・」

「・・・・・・あの・・・・・・私は一体・・・・・・?」

「それはこっちの台詞よ。一体、何があったって言うの?」

「・・・・・・確か・・・・・・一本目を見終って、二本目を見始めて・・・・・・碇君と私が・・・・・・その・・・・・・裸で・・・・・・

最後の方は消え入りそうな声で《もぢもぢ》するレイに・・・ミサトは一瞬、訳が解らなくなった。

が、すぐに思い当たる事があったのだろう。デッキを操作し、後半のあるシーン辺りまで巻き戻す。

「・・・・・・・・・あ゛・・・・・・・・・やっぱし。」

12インチながらも極めて高解像度を誇るディスプレイには・・・・・・シンジとレイの顔を張り付けた高校生が、激しく求めあっているのが鮮明に映し出されていたのであった・・・・・・

          ◇          ◇          ◇

「・・・・・・あ・・・・・・あは、あは、あは、あはははははは・・・・・・いやまあ・・・・・・ほら、良くあるじゃない?徹夜でハイになってるとさ〜、ついつい悪のりするって言うか・・・・・・」

再び沈没したレイが回復した後。

ミサトは、バツが悪そうに言い訳を並べ立てていた。その様子を、ぼうっと眺めるレイ。

(・・・碇君と私が、あんな事を・・・碇君と私が、あんな事を・・・碇君と私が、あんな事を・・・碇君と私が、あんな事を・・・碇君と私が・・・)

・・・失礼。何も見えていないようである。

「それにさあ・・・・・・ほら、徹夜だとしょーもないミスが多くなるでしょ?ホント、あのシーンは編集するつもりだったの・・・・・・って、レイ?聞いてる?

(・・・碇君と私が、あんな事を・・・碇君と私が、あんな事を・・・碇君と私が、あんな事を・・・碇君と私が、あんな事を・・・)

確認するまでもなく、聞いちゃいない。

「・・・あの〜・・・もしも〜し?」

(・・・碇君と私が、あんな事を・・・碇君と私が、あんな事を・・・碇君と私が、あんな事を・・・碇君と私が、あんな事を・・・)

呼び掛けて見ても、思考がループ状に固定されているレイの反応は当然、零。

ミサトは深々とため息をつくと・・・今後の方策を思案し始めた。

(・・・は〜・・・参ったわね〜こりゃあ。やっぱ、ついでに性教育もやっちゃおう!とか思ったのがまずかったかしらね〜?いちお〜、あんまり過激なところはカットしよ〜とは思ってたんだけど・・・)

だからと言って、成人指定ビデオを使おうとは普通思わない。例えそれが、有名な純愛路線であったとしても。

(・・・ま、やっちゃったもんはしょーがないのよね。問題は、いかにしてこの状況を利用するかなんだけど・・・)

女性の身で30前に作戦司令官にまでなった頭脳をフル回転させ、ミサトは暫し考え込む。幸い、「もう少しマシな事に頭使ったら?」と突っ込むであろう友人は今、ここにはいない。時間は、タップリとあった・・・・・・

「あ、そ〜だっ!!」

が、天啓(もしくは電波)が降りる時というのは、えてして時間なぞ必要としないものである。5分もしない内に、ミサトはぽん、と手を打った。

「そ〜よね〜!よく考えたら途中経過がどうであれ、最後にやる事は同じよね〜うんうん。最後の最後でどうしたらいいか解んなくなるよか、ワンセットの方が絶対いいわよね〜そうそうそう。うん、別に問題なし!!

ミサトの出した結論は、根本的に何かが激しく間違っているのだが・・・不運な事に、突っ込みを入れられるものが誰一人として居合せてなかったりする。

そしてその事を、一生悔いるハメになる人間が何人か出る事になるのだが・・・それはまた、別な話である。

          ◇          ◇          ◇

「・・・いいこと、レイ。シンジ君は奥手もいいところだから、あなたが積極的に迫るのよ。恥ずかしいとか何とか言ってちゃダメ。いいわね?」

          ◇          ◇          ◇

「・・・ね〜レイ?これ、どう思う?」

「・・・・・・問題ないと思います。」

「も〜、貴方が着る服なのよ?もっと良く見なさい。」

《RS作戦》確認後。

レイはミサトの、着せ変え人形と化していた。

既に床は散乱した衣服でほとんど見えず、レイ本人にも大分疲れが見えて来ていた。

まあ普通の女の子であれば、おしゃれ専用のS2機関を装備しているものだが・・・まだまだ着飾る事を知らないレイには、発動させる事が出来ないようである。

「・・・いいこと、レイ?男の子にとって、女の子は綺麗な方が嬉しいの。シンジ君だって、そう。」

「・・・・・・碇君も?」

「そうよ。シンジ君の事、喜ばせてあげたいでしょ?」

「・・・・・・・・・はい(ぽっ)」

「だったら、自分が一番綺麗だって思えるようにしなくっちゃ。自分で綺麗だって思えなくちゃ、他の人だって綺麗だって思わないわ。レイは、元がいいんだから・・・ちゃんとおしゃれすれば、綺麗になれるわよ。」

「・・・私が・・・綺麗に・・・?」

「ええ。この私が、ドーンと保証するわ!自信持っていいわよ、レイ!」

「・・・・・・私が・・・・・・綺麗に・・・・・・」

ほんのり桜色に頬を染めて俯くレイを、ミサトは優しい瞳で見守る。

(・・・初々しいわね・・・ホント、羨ましいくらい。)

ふと、自分の事を振り返ってみる。こんな時期が、あっただろうかと。

「・・・・・・ある訳ないか。」

誰にも、聞こえないつぶやき。自然に浮かぶ、自嘲。

世界的にも個人的にも、それどころではない時代だった。

だけど。

そんな時代だったからこそ、余裕を持つべきではなかったのか?

おしゃれをして、何が悪い。恋をして、何が悪い。

笑って過ごすのは、本当に大変な事だ。しかし、だからこそ価値がある。目指さなければ、心掛けなければ手に入らないものだから。

・・・自分は、失敗した。笑うべき時に笑えず、逃げてはいけない時に逃げた。

しかし、未だやるべき事は残っていた。そう、自分の失敗をありのまま伝え、同じ道を歩ませない事だ。せめて、目の前の白い少女には。

ミサトは決意も新たに、深くゆっくりと頷いた。それは、自分自身への誓約であった。

一方。

レイは俯いたまま、先刻ミサトが言った言葉を反芻していた。

(・・・私が、綺麗に・・・碇君が喜んでくれる・・・)

自分が、シンジを喜ばせる事が出来る。あの笑顔を、引き出す事が出来る。自分だけに、自分の為だけに笑いかけてくれる。

そう思うだけで、胸が一杯になる。

だが・・・レイは、ふとある事に気が付いてしまう。

(・・・もしかして・・・碇君が今まで私に笑ってくれなかったのは・・・私が綺麗じゃなかったから・・・?

ルビーのように輝く瞳が、翳りを帯びる。生まれてこの方、美しさなんて考えた事も無かったが・・・レイとて女の子、この結論はかなり辛かった。

(今までの私じゃ・・・駄目なのね。綺麗と思える、私にならないと・・・)

そこまで考えが至り・・・レイはふと、奥の方にぽつんと立つ紙袋に目が行った。

「・・・あの・・・葛城三佐。」

「ん?なぁにぃ?」

「あそこにある紙袋には、何が入っているのですか?何も取り出してなかったと思いますが・・・」

「・・・あ、あれね。ちょっち派手目の奴が入ってるのよ。いちお〜持っては来て見たけど、レイには似合いそうに無いかな〜、と思って。」

「・・・・・・見せて、貰えますか?

「え?まあ・・・いいけど・・・」

ミサトは驚きと訝しさが半々の表情で紙袋を引き寄せ、レイの前まで押しやる。それを受け取ると、レイはごそごそと物色し始めた。

やがて、レイの手には萌木色のシャツとレザーのミニスカートが残った。早速、試着してみる。

「・・・・・・あらー・・・・・・意外。」

ミサトの口から思わず、感歎が漏れる。常に静かに佇むレイには、こんな活動的な服は似合わないと思っていたのだ。

だからミサトはさっきまで、お嬢様然とした服装ばかり選んでいたのだが・・・どうにも、しっくり来なかった。

が、レイが選んだ服を見て・・・ミサトは、さっきまでの違和感がなんであるか、はっきりと解った。

(そっかそっか・・・・・・レイの場合、元から存在感薄いからね〜。男の子にアピールするんだったら、むしろ元気なカッコの方がいいのか。)

断っておくが、レイにはふりふりドレスだの、純白のワンピースだのが似合わない訳ではない。それはそれで、妖精を垣間見た天才画家が描く絵のような、幻想的な美しさがあるのだが・・・いかんせん、それは《絵になる》美しさである。唯ひとりの、鈍さ恐竜並みの男の子に振り向いてもらうためには・・・どちらかといえば、《可愛らしさ》前面に押し出した方が有効であろう。

「・・・あの・・・変でしょうか、やっぱり・・・」

「そんな事無いわよぉ〜。良く似合ってるわ、びっくりするくらいにね。」

不安げに聞いてくるレイに、ミサトは極上のウインクを一つ、答えと共に返す。

そしてミサトは、残りの紙袋をたぐり寄せると、ごそごそごそと物色を始めた。満面の笑みを浮かべながら。

「え〜ッとねえ。その路線で行くんだったらあ・・・このジーンズジャンパーが合うわね!それから、スカートと同じ色のソックスが・・・あ〜これこれ。あとそぉねえ・・・」

そんな様子を見やりながら・・・レイは、ドキドキしている自分に気が付いていた。

(・・・何だろう、この気持ち・・・すごく、気持ちいい・・・葛城三佐が何を出してくれるか、待ち遠しい感じがする・・・これが、おしゃれするって事なの・・・?)

ミサトの手をじっと見つめるレイの口許には、何時しか微笑みが浮かんでいた。

何もかも儚げな少女の中で、それは確固たる何かを主張していた・・・・・・

          ◇          ◇          ◇

赫い瞳に、皓い光が宿る。

その背後には泥棒にでも入られたかのように、色とりどりの衣服が散乱している。

そんな惨状など気にも止めず、白い少女はただ月を見上げていた。

「・・・碇、君・・・」

少女の口から、ため息にも似たつぶやきが洩れる。途端に、瞳に宿る光が微妙に揺らぎ始める。

「・・・・・・碇君。」

もう一度、舌に乗せてみる。少女の手が、我知らず胸に当てられる。

明日、逢える。

学校では毎日会っている。でも、明日は特別。

碇君に、自分の為だけに会うのだから。

・・・・・・自分なんて、無いと思っていた。

道具としての自分は在る。何の価値もないはずの、この命。

この身体が滅んでも、何も変わりはしない。そう思っていた。

だけど。

今の自分・・・そう、二人目と呼ばれるべき綾波レイは、碇シンジに逢いたい。

何かをしたいと思える事が人である証なら、今の自分は紛れもなく人。

だから・・・伝えたい。この想いを、もう一度。

「・・・寝なくては・・・」

言って少女は、ベッドに横になる。寝不足の顔は酷いものだと、葛城三佐は言っていた。

そんな顔、間違っても見られたくはない。碇君はもちろんだけど・・・特に碇君の横に何時もいる、あのひとには。そんな事になれば、何を言われるか解らない。

・・・不意に、視界に玄関が飛び込んで来る。彼がやって来た場所だ。少女に・・・綾波レイに会う為に通ってくる場所。

「・・・寝なくては・・・」

もう一度、呟いてみる。だがその瞼は、いっかな下りようとはしない。

今にもその扉が、開きそうに思えたから。

・・・でも。

それは、有り得ない事であった。

今回は、前回とは違う。・・・・・・あのひとも、一緒だから。

それでも、いい。

碇君と、学校に行かない日でも逢える。

それだけでいい。少なくとも今は、それだけで・・・・・・

「・・・・・・碇君・・・・・・」

そっと呟き、少女は目を閉じる。それは安らぎに包まれる、幸せの呪文。

そして少女は、ゆっくりと眠りに墜ちて行く。明日の幸せを、永遠の想いをその胸に抱きながら・・・・・・

《つづく》

                        by プロフェッサー圧縮


あとがき<其の七>



え〜、皆様、あけましておめでとうございます・・・って、もう一月終わるだろが!!の作者です(爆死)しかも、このネタ前に使ってるし(超爆)

・・・あ〜・・・まあ、なんですな。取り敢えず、《黄金週間前には再起動》とゆ〜公約は守れて、ホッと一息でありまする。

・・・・・・・・・・・・・・・・すいません、僕が間違ってました。←読者の視線がコワかったらしい

いやまあ・・・・・・色々ありましてねえ、ええ。

仕事で死ぬわ、本編は終るわ・・・・・・そら〜も〜、大変な事でございます。

それでも、こ〜やって再び皆様に見える事が出来たのは・・・一重に、感想メールの賜物でございます。凍結中にも関わらず、メールしてくれた皆様に最大級の感謝を込めたいと思います。

この、僕の初めての連載ものは、まだまだ続きます。これからどんどん、本編から離れて行きますが・・・作者は一人で、プロットの段階で燃え上がっております(爆)

もしもこの「新人類エヴァンゲリオンif」が本当の意味でエヴァでなくなってしまっても、読んでくれる人がいるのなら・・・この作品は、当分続いて行く事でしょう。

もしかしたら有り得たかもしれない、エヴァの結末を目指して。

では皆様、新展開の第八話を、どうぞお楽しみに・・・・・・

プロフェッサー圧縮

次回予告

夏休み前で賑わう第三新東京市に、突如現れる怪ロボット。

傍観を決め込むネルフに、ミサトは苛立ちを強めて行く。

そしてシンジは、運命の出会いを果たす。全ては今、始まった・・・・・・

次回、新人類エヴァンゲリオンif「シ者達のメロディー」。

この次もサービスしちゃうわよん☆

第八話へ



   皆様からのメールは、作者のユンケ○&リゲ○ンです(笑)。

 作者に感想、アドバイス頂けると大感謝です(^^。

このHPは“いくぽん”によるものです。
   よろしくお願いしま〜す!

  


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