「新人類エヴァンゲリオンif」 Byプロフェッサー圧縮

    970405版Ver1.0

「状況報告!急ぎなさい!!」

非常灯の赤光の中で、シンディは身を起こしつつ叫ぶ。

その額からは一筋の血が流れていたが、まるで気にかけた様子はない。

「外部カメラ、1番から10番及び12・14番、作動不能!」

「コントロールラインB・C・E、切断!サブ切替まで3分15秒!」

「非常用電源、2番以外動きません!このままでは、10分以内にバッテリーが底をついてしまいます!」

シンディのひと声で、続々と寄せられる報告。ありがたく思えるものは一つもなかったが、シンディはあくまでも冷静かつ的確に指示を下す。

「生きているラインは、全て外部カメラに回して!外の様子を知るのが最優先よ!それから1番以外のホストを全て落としなさい!Aランク以下のタスクは、全部強制終了させるのよ!」

「分かりました!復旧次第、最優先で接続します!!」

「了解!これよりシャットダウンに入ります!!」

こんな時でも・・・否、こんな時だからこそきびきびと動き回る部下達に、ある種の満足感を覚えつつ・・・シンディはふと、NN爆雷起動スイッチに目を止めた。

(・・・一体誰が、どうやって・・・?)

誤動作防止ガラスこそ破られてはいなかったが、NN爆雷起動ランプは確かに赤々と点灯していた・・・・・・

          ◇          ◇          ◇

「L.C.L.Fullung.Anfang dar Bewewgung.AnFang des Nerven anschlusses.Ausloses von links-Kleidung.Sinklo-Start.」

真紅のプラグスーツに身を包み、アスカは弐号機起動プロセスを立ち上げた。その長い髪を赤いリボンで結び、精神統一すべく軽く目を閉じている。

「A10神経、接続完了。弐号機、起動しました。」

オペレータであるマヤの声が、エントリープラグ内に響き渡る。アスカの表情が、それと解らないくらいに曇る。

(・・・ドイツ語、久しぶりに使ったけど・・・出なかったな、思考ノイズ。)

半ば無意識に、アスカの手が頭のインターフェースに触れる。何時も使っている物とは違い純白のそれは、かつて彼女の同居人が使っていた物である。

(そうよね・・・たかだかインターフェースが違うくらいじゃ、出る訳ないわよね。・・・あいつが・・・いるんじゃないんだから・・・)

がくん。

・・・と、物思いに沈むアスカを、軽い衝撃が襲う。弐号機が、射出リフトに固定されたらしい。

「・・・アスカ、出すわよ!集中して!!」

どことなく苛立たしげに、ミサトが通信モニターに現れる。それに対し、アスカも負けず劣らず不機嫌な声でやり返す。

「はいはい、何時でもどうぞ!!」

何時もの意地っ張りな返答を聞き流し、ミサトはもう一つのモニターに映る白い少女に視線を向ける。

「レイ、あなたもいい!?」

「・・・・・・はい。」

何時もと変わらぬ、何の感情も見出せない声音。だがその中に、決意めいた微細片が見え隠れするのは、ミサトの気のせいであろうか。

「目標、市街地侵入まで後2000!」

マコトの報告に、ミサトは一瞬目を閉じ・・・表情を引き締めて正面スクリーンを見据えた。

そこに映る使徒は、実に奇妙な形をしていた。光の紐を寄り合わせ、両端を繋いだようなそれは、真円を描きつつゆっくりと回転していた。見えざる太陽が、その中心にあるが如く。

そして束ねられた紐自体も、どうやら回転しているらしい。その為横から見ると、まるで光が波打っているように見える。

パターン識別を待つ必要も無い。この物理法則を根こそぎ無視した存在は、使徒と呼称されるべき人類の敵性体以外の何者でもない。

「・・・・・・出撃。」

ミサトの頭上から、重々しいとしか表現出来ない声が降って来る。それを受け、ミサトは凛々しく叫ぶ。

「了解!エヴァンゲリオン零号機、及び弐号機、発進!!」

          ◇          ◇          ◇

「コントロールラインB、回復!外部カメラ11番に接続します!」

オペレータの一人が叫ぶと同時に、24あるモニターの内一つが、ホワイトノイズから回復する。

その場の全員の視線が殺到し・・・そして全員が息を呑み、魅入られた。

眩いばかりの光を放つ、黄金の八角柱に・・・・・・!


新人類エヴァンゲリオンif 其の六「天空翔ける虹色の想い」
Believe in you.


          ◇          ◇          ◇

「目標は、時速およそ40kmで接近中。3分で、ポジトロンライフルの射程に入ります。」

マヤの報告を受け、ミサトは胸の十字架をより強く握り締める。その脳裏には、30分ほど前の報告がこびりついていた。

ネルフ南米支部との交信断絶、及びNN地雷反応。

それは即ち、シンジの身に何か起こった事を示していた。

(・・・シンジ君は、きっと大丈夫。初号機が、必ず守ってくれる・・・問題は、むしろこっちよね。)

あえて加持の事は考えないようにしつつ、ミサトはこれまでの戦いを思い出して見る。

・・・そして、慄然とした。

初号機抜きで勝利をおさめたのは、僅かに2回。しかもその内の1回は・・・初号機がいなければ、貴重なパイロットを失うところだったのだ。

覚醒前で、これである。・・・逆に言えば、当時からその潜在能力の高さを示していた訳なのであるが・・・

(・・・いざ、と言う時の備えは・・・して来たつもりだけど・・・)

しかし、現実問題として・・・これまでの使徒との戦いにおいて、危ない橋を渡らずに済んだ事は、皆無。しかも3割ほどは、完全に負けていた。初号機の暴走がなければ、今頃ミサト達は雲の上だか地の底だかで、ふわふわ漂っていた事だろう。

「・・・・・・シンジ君がいないと、不安?」

そんなミサトの葛藤を見透かしてか・・・傍らのリツコが、何時のもシニカルな笑みを浮かべつつ問いかける。

「・・・ま、ね。でも、無い物ねだりしてもしょーもないし・・・」

そう、この場で使えない物についてあれこれ検討してても始まらない。ミサトは改めて自分に喝を入れると、今自分が出来る事をする。

「青葉君!現在使用可能な兵装、全部射撃待機状態にして!日向君!弐号機近辺の武器、半分を近接用に入れ替えて!マヤ!MAGIの解析結果は!?」

「了解!全兵装、安全装置解除!照準を目標に合わせ、待機します!」

「了解!ソニック・グレイブ、スマッシュホーク、及びプログレッシブ・サーベル、弐号機周辺に5組づつ配置します!」

「パターン、青とオレンジを周期的に変化しています!内部構造解析、時間かかっています!」

「急いで!」

・・・そんな緊迫したやり取りを眼下に眺め・・・コウゾウは何時もの位置から、ゲンドウの横顔に語りかけた。

「・・・碇よ。初号機抜きで、本当に大丈夫なのか?」

だが、ゲンドウは微動だにせず、何も答えない。コウゾウはそれを予期していたかのように、すぐに言葉を継ぐ。

「まさか、こんなタイミングでやって来るとはな・・・間が悪いにも、程がある。」

ゲンドウは、なおも答えない。ただひたすら、まっすぐ前を見つめるのみだ。その目が何を映しているのか・・・たとえサングラスをしていなくとも、誰にも伺い知る事は出来ないだろう。

「・・・なあ、碇よ。本当に、初号機を引き渡すしか方法が無かったのか?まさか奴等が、あのような過激な手段に訴えるとは、流石に私とて思わなかったのだが・・・」

「・・・大丈夫だ。」

少しだけ早口なコウゾウの台詞を遮るように、ゲンドウはぼそりと言う。

「今の初号機を滅ぼせるモノは、この地上には存在せんよ。《ロンギヌスの槍》の、真なる持ち主を滅ぼせる力が有るとすれば、それは・・・」

「《聖杯》の祝福を受けしモノが振るう《聖剣》のみ。・・・そうだったな、碇。」

ゲンドウの言葉を引き取って、謎の台詞を吐くコウゾウ。

だが、それは誰かの耳に届く前にかき消された。

ミサトの、悲鳴にも似た叫びによって。

「レイ!!」

          ◇          ◇          ◇

『全方位ATふぃーるどヘノ圧力、通常値ニ低下。・・・モウ大丈夫ミタイヨ、頭脳体。』

何時もと同じ、呑気としか言い様の無い声に・・・シンジは恐る恐る、目を開ける。目の前のスクリーンには黄金の奔流が、まるで逆しまな滝のように流れている。

「・・・いったい、何が起こったの?」

『何ダカ知ラナイケド、反応兵器ガ周囲デ爆発シタミタイネ。頭脳体達ガ、NN地雷トカッテ呼ンデルアレヨ。』

「・・・ふ〜ん、そうなんだ・・・って、大丈夫なの!?」

『ダイジョ〜ブ、全方位ATふぃーるど張ッタカラ。アノ程度ノ花火ジャア、ビクトモシナイワ。』

「・・・・・・そ、そう。ならいいんだけど・・・・・・」

取り敢えず、ほっとするシンジ。・・・が、少し余裕が出来た瞬間、ある事に気が付いて叫ぶ。

「・・・そ、そうだ!!加持さんやシンディさん達は!?」

『・・・・・・サァ?』

「さぁ?じゃないよっ!何でわかんないんだよっ!?」

『今ハ全方位ATふぃーるど張ッテイルカラ、せんさーガ使エナイノ。』

「じゃあ、早く解除して調べてよ!もう、大丈夫なんだろ!?」

『ハイハイ、全方位ATふぃーるど解除。生体電磁波せんさー、作動開始。』

珍しく興奮した調子で命令するシンジに、何時も通り淡々と応じる初号機である。即座に黄金の壁が消え・・・初号機の目が、多少変形しつつもほぼ原形を留めている研究所を捉えた。

(・・・・・・どう?)

少し落ち着いたのか、声に出さずにシンジが問いかける。初号機は淡々と、しかし凶報ではない事実を告げた。

『・・・ン〜・・・サッキノ爆発デ空気ガいおん化シチャッテルカラ、詳シイ事ハワカンナインダケド・・・アノ建物ヲ見ル限リデハ、中ノ人間ハ無事ダト思ウワ。穴ガ開イテル様子モナイシ。』

(・・・そう・・・良かった・・・)

安堵に、胸を撫で下ろすシンジ。だがそれも、僅か数瞬の事であった。

『後方ニ、えねるぎー反応!気ヲ付ケテ、頭脳体!』

          ◇          ◇          ◇

「・・・・・・あと、30秒。」

操縦桿を握り直し、レイは我知らず呟く。その厳しい視線は、前方の光の輪にのみ注がれている。

無感情、と言われていた時分から・・・エヴァに乗っている時のレイの表情は、常に引き締まっていた。

だが・・・それは単に「緊張している」と表現されるべきものであり、決意や闘志といったものとは無縁であった。

しかし、今は違う。戦う理由が、出来たから。

(・・・私は・・・必ず使徒を殲滅する。碇君の家を・・・碇君の学校を・・・碇君の想い出でいっぱいのこの街を、守りたいから。)

「・・・・・・あと、10秒。」

厳しい戦闘訓練を受けたものの性であろうか。胸の内で決意を新たにしている間にも、レイの唇は言葉を紡ぎ出す。機械的に・・・しかし、決意と闘志を忍ばせて。

と、その時。

緩慢な自転と公転をしていた使徒が、何の前触れも無くぷっつりと切れた。まるで見えざる、巨大な手に千切られたかのように。

何?と思った瞬間、使徒は空中を滑る光の蛇と化して、零号機のどてっぱらへと食い付いた。

「・・・はぅっ・・・!」

レイ自身にも腹部に衝撃と苦痛がフィードバックされ、華奢な躰がくの字に折れ曲がる。しかしすぐに顔を上げると、ライフルを眼前の使徒に押し付け、トリガーを引き絞る。

1発、2発、3発。

だがのたくり逃げる使徒には、傷一つついた様子も無い。空いている左手で捕まえ、更にレイはトリガーを引く。

4発、5発、6発、7発。

それでもライフルの撃ち出す光弾は、虚しく四散するのみ。しかし、このまま零距離射撃を続ければ、その内効果が現れるかもしれない。レイは、現状維持を選択しようとした。

その瞬間、レイは凄まじい感触に襲われた。

痛覚神経を無理矢理押しのけて快楽中枢をわし掴みにされるような、形容詞の存在しない異様な衝撃。

使徒の零号機への侵食が、始まったのである。

          ◇          ◇          ◇

「アスカ!レイの救出に向かって!」

「言われなくても!」

モニターのミサトに怒鳴り返しつつ、アスカはライフルを放り投げ、使徒に喰らいつかれているレイの元へと駆け出す。途中、兵装ビルからソニックグレイブを受け取る事も、無論忘れない。

「どりゃあ!」

数秒で到着したアスカは、その勢いのままにソニックグレイブを降り降ろす。走りながらにも関わらず十分に体重の乗った一撃は、その優美な軌道に似合わない、必殺の威力を有していた。

が。

ぎゅぃん!!

「なっ!?」

軋むような音と共に、超振動の穂先は弾き返された。バランスを崩しかけたところへ、巨大な光の蛇が殺到する。

「このっ!」

弾かれた勢いを利用して、後方へとトンボを切る。うなりを上げる使徒の胴体を、文字どおり紙一重で躱したアスカは、更に3回のバク転で間合いを離し、追撃に備えて身構えた。

「さぁ、かかってらっしゃ・・・」

使徒の先端は、目の前だった。

奇跡に近い反射神経で、ソニックグレイブの柄をその軌道にかざす。しかし、一瞬の時間稼ぎにしかならなかった。が、それで十分であった。頭をひねってやり過ごし、まっ二つになった得物を投げ棄てつつ真横に飛ぶ。

飛び先の兵装ビルからスマッシュホークを2個取りだし、なおも追撃する使徒へ、両手同時に右袈裟掛け。ベクトルをずらされた使徒は、青白い火花を散らしつつ地面へと突っ込んだ。同時に、スマッシュホークの刃が二つとも砕け散る。慌てて、後方へ大きくジャンプするアスカ。

「・・・はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・や、やるわね。」

荒い息を付きつつ、アスカはうねくる大蛇を睨みすえる。・・・そして気が付いた。何時の間にか、駆けつける前の間合いにまで押し戻されてしまっていることに。

(・・・強い・・・!)

これまでのところ、使徒は物理的な攻撃しかしてこない。だが、こちらは有効打一つ与えられないでいる。

「・・・ミサト!もっと強い武器はないの!?こんなんじゃあ、手も足も出ないじゃない!!」

「ちょっと待って、アスカ!!今、そこの兵装ビルにプログサーベルを送っているわ!あと75秒だけ待機して!」

「75秒ぉ!?そんな呑気な事言ってる場合じゃ・・・」

ミサトに噛付こうとした瞬間、弐号機の足元が膨れあがる。

そしてアスカは、ミサトの絶叫を聞いた。

「アスカっ!逃げて!!」

          ◇          ◇          ◇

「・・・・・・何だあれは!?」

シンジがそう叫んだのも、むべなるかな。

卒塔婆の残骸から立ち上がろうとしているそれは・・・干からびた河童か、ミイラのピエロとでも言うべき外見であった。

『固有電磁パターン検出!アレハ・・・使徒ヨ!』

「何だって!?」

驚くシンジをよそに、使徒は中腰になったところで動きを一瞬止め・・・初号機に向けて、その枯れ枝のような腕を上げた。

そして4本の指が全て初号機を指した刹那、指の節々が異様に膨れあがった。

『頭脳体!攻撃ガ来ルワ!』

初号機が叫ぶと同時に、使徒の指先が破裂する。間一髪、身をひねって躱した初号機の脇腹の辺りをかすめつつ、白っぽい何かが研究所の壁にぶち当たった。

「・・・ふう・・・」

いきなりの攻撃をやり過ごして、額の汗を拭うシンジ。・・・と、その背後が白く染まる。

がぉぉぉぉぉぉん!!

「な、なんだっ!?」

耳朶を打つ轟音に、慌てて振り向けば・・・そこには摺鉢状にえぐられた壁が、その破片を地面にぱらぱらと降らせていた。

『今ノ閃光カラ察スルニ・・・まぐねしうむ爆弾ノ一種ラシイワネ。生体兵器トシテハ、ナカナカノ優レモノヨ。破壊力ガソコソコアッテ、連打ガ効クワ。』

「そんな事より!今の攻撃、ATフィールドで防げないの!?」

のんびりと解説を入れる初号機に、食って掛かるシンジ。だがもちろんと言うか、初号機は変わらぬ口調で淡々と答えた。

『ン〜、イチオ〜防ゲルケドォ・・・アノ閃光マデ防グトナルト、ケッコォ強力ナ奴張ンナイト駄目ナノヨネェ。ソレハソレデ、マタ問題ガアルシ・・・』

「・・・問題って?」

シンジが問い返した刹那、使徒の指から第2射が放たれる。とっさに動けず硬直する初号機に、殺到する四筋の白光。

と、その進路に、闇が現れた。

8つの頂点を持つ、その幾何学面に白光が触れた瞬間、無数の光条が辺りを焼き尽くす。半分だけを。

照り返しを受け、光に映える初号機の中で・・・シンジは訝しげに、首をひねっていた。

「・・・・・・別に、どうって事ないじゃないか。それともまた、お腹でも空いたの?」

『確カニ、オ腹モ空クケドネ。ソレヨリモット、重大ナ問題ガ・・・』

初号機が言いおわる前に幾条かの光が、漆黒のATフィールドの横を過ぎていく。背後で再び炸裂する閃光を待たず、シンジは気まずそうに言った。

「・・・そうだね・・・相手が見えないんじゃ、駄目だよね。」

          ◇          ◇          ◇

「・・・・・・おっととと・・・・・・シンジ君、大分派手にやってるみたいだなぁ。」

口の中でぼやきつつ、リョウジはそろそろと立ち上がった。その手には、自腹を切って手に入れた往年の名銃、コルト357マグナムが握られている。

そしてリョウジは、ゆっくりと周囲を見回す。薄暗闇の中でうねくるパイプの向こうには、コンピュータールームから追って来た相手が、潜んでいるはずであった。

「・・・お〜い。誰だか知らんが、そろそろ出て来た方がいいんじゃないか?こんな狭っ苦しいところに潜んでいたら、ヤバクなった時に困ると思うぞぉ。」

わざと大声で、挑発して見る。・・・だが、返事は無かった。予想通りに。

「・・・・・・そうかぁ。じゃあしょうがないな。なるべく、ものは壊さないようにしようと思ってたんだが・・・・・・」

おもむろにリョウジは、左手で携帯電話を取り出すと、ある番号をプッシュした。

「・・・あぁ、シンジ君か?忙しいところ済まないんだが、30秒後に、今俺がいる位置を攻撃してくれないか?・・・そう言わないでくれよ。後で、取って置きのデートスポットを教えるからさ・・・ン?まぁしょうがない、その位は待つよ。・・・じゃ、よろしく頼むよ。」

聞こえよがしに言って、リョウジは明日は快晴だと告げる、携帯電話を折り畳んだ。

そのままつかつかと、出口に向かって歩き出す。

10歩進んだ時、何かがうごめいた。

パイプだらけの機関室に、轟音は長く長く響き渡った・・・・・・

          ◇          ◇          ◇

「アスカっ!逃げて!!」

「なっ!?」

訳も分からず、飛びすさるアスカ。半瞬前までいた空間を、光の噴水が薙いでいった。背筋を走る悪寒に身を震わせる暇も無く、使徒は釣瓶落しに迫って来る。

「ち、ちょっとぉ!?」

叫びつつ、再び大きくジャンプ。だが使徒は、慣性を無視した動きで空中の弐号機へと殺到した。

「こんちくしょー!!」

罵声一発、アスカは空中で身体を無理矢理ねじった。が、流石に避けきれるものではない。胸部に体当たりを喰らい、弐号機は兵装ビルを薙ぎ倒しつつ地面に激突した。

「アスカ!!」

「弐号機、胸部32%破損!出力、11%低下!」

「零号機、使徒に侵食されて行きます!このままでは、後17分後に乗っ取られてしまいます!!」

「くっ・・・MAGIの解析、まだ出ないの!?」

圧倒的不利の戦況の中で、ミサトは最後の希望を託し、マヤを急かした。

(弱点のコアの位置さえ分かれば、何とか・・・・・・)

だが、待ち望んでいた答えは・・・最も望まざるものであった。

「解析結果、出ました!・・・あの使徒には、コアがありません!!」

「・・・なんてことなの!!」

          ◇          ◇          ◇

「・・・・・・えっ?」

シンジは誰かに呼ばれたような気がして、辺りを見回した。だが当然の如く、目につくところに人影はない。

『頭脳体!敵ニ集中シテ!』

初号機の声ではたと我に返ったシンジは、目の前の使徒へと意識を戻す。発射寸前の両手指に視線を固定し、叩きつけるように叫ぶ。

「サイクロン・クルセイド!」

瞬間、初号機の両目から不可視の破壊光線が迸り、マグネシウム弾を使徒の両手ごと蒸発させる。文字通り光速で地面まで到達した光線は、巨大な十字架状の爆炎を吹き上げた。

「・・・くそっ・・・きりがない・・・」

あっというまに再生する使徒の両手を睨みながら、シンジは苛正しげなつぶやきを洩らす。

『・・・ヤッパリらいとにんぐはんまーデ、丸ゴト粉々ニシタ方ガイインジャナイ?』

「駄目だよ。アレを使ったら、みんな生き埋めになっちゃうんだろ?」

『ソレハソーナンダケドォ・・・コレジャア、埒ガアカナイジャナイ。研究所ニシタッテ、絶対潰レチャウッテ決マッタ訳ジャナインダシ・・・』

「でも、80%以上なんだろ?潰れる確率。ライトニングハンマー撃ってからじゃあ、ATフィールド張っても間に合わないんだし・・・」

何時も以上に実りの無い会話を交わしつつ、初号機は摺り足で、使徒へとにじり寄る。

しかし使徒は同じような速度で横へ移動し、初号機に間合いを詰めさせない。一度ディメンジョンザッパーを喰らって右腕を切り落とされて以来・・・使徒は初号機の格闘戦圏内に、絶対に入ろうとはしなかった。

「・・・ところでさ。あの使徒に、コアって無いの?」

ふと思い付き、シンジは初号機に質問して見る。相手はサイクロン・クルセイドを防げないのだから・・・そこを直接狙えば、必ず倒せるはずである。

『コア?・・・アァ、動力中枢ノ事ネ。アルニハアルミタイナンダケド、ミョ〜ナ事ニナッテンノヨネェ。』

「・・・妙な事って?」

『動力らいんガ、ド〜モN近似空間カラ来テイルラシイノヨ。デモ、アソコッテバべくとるノ変化ガ許サレナイトコダカラ、多分タダノ中継ナンダロウケド・・・ソ〜ナルト、逆探知ハホボ不可能ヨ。セメテN近似空間ヲ接続シタ方法ガ解レバ、何トカ出来ナイ事モナインダケド。』

シンジには、初号機が何を言っているのかさっぱり解らなかったが・・・少なくとも、すぐさまコアの位置が判明する、と言う話ではなさそうである。

「・・・せめて、シンディさん達が避難してくれれば・・・」

『今ノトコロ、動キハ全ク見エナイワ。・・・ミンナシテ、ドッチガ勝ツカ賭ケテタリスルンジャアナイデショ〜ネェ?』

「・・・・・・いくらなんでも、それはないよ・・・・・・」

一方、研究所管制室。

「・・・凄い!凄いわシンジ君!なんてパワーなの!」

「あの使徒の、再生能力も驚異です!畜生、核磁気センサーにもシールドしとけば良かった!」

シンディ以下、管制室の研究員達は異様な興奮状態にあった。

流石に賭けこそ行われてなかったものの・・・全員の目が、爛々と輝きまくっている。

もはや彼女らの頭の中からは、自身の危機の事なぞカケラも残さず消去されていた。あるのはただ、科学者としての探究心のみ。

「さぁ、あなたの秘密をもっと見せてちょうだい!私がしっかり、見ていてあげますからね!!」

聞きようによってはアブナイ事をほざきつつ・・・シンディはモニターに映る初号機と使徒に、熱い視線を送るのであった。シンジの迷惑省みず。

          ◇          ◇          ◇

「・・・・・・う・・・・・・くっ・・・・・・」

あちこち痛む身体を無理矢理起こしつつ、アスカは頭を2、3度振る。

ようやっとはっきりした視界には、ミサイルの猛打を受ける使徒の姿があった。

「アスカ!大丈夫!?」

「・・・あったりまえじゃない!このあたしが、あの程度で参る訳ないでしょ!?」

心配するミサトに、ありったけの虚勢をかき集めて答えるアスカ。それで安心したのかどうかは判らないが、ミサトは何時もの口調に戻って指令を出した。

「アスカ、隣の兵装ビルにプログサーベルを送ったわ。受け取って。今、こっちで使徒を足留めしているから、今の内に回りこんで、レイを救出して。」

「・・・りょーかい!」

瓦礫の山を押しのけて、そろそろと起き上がる弐号機。使徒はミサイル攻撃に気をとられているのか、再び動き始めた弐号機に、反応する気配はない。

「・・・待ってなさいよファースト・・・絶対アンタに、恩を売ってやるんだから。」

一方。

レイは身体を丸め、固く目を閉じていた。遥か昔に詠われた、深海に眠る貝のように。

しかしその内面では・・・死闘と呼ぶに相応しい、静かなる戦いが繰り広げられていた。

[・・・僕と一つに、なりたくはないのかい?]

(・・・・・・あなたは、碇君じゃないもの。)

以前現れたのと同じくシンジの姿を取っている侵入者に、レイは冷ややかに答えた。侵入者が腰まで浸かっている波打ち際は、レイの爪先まで寄せては返している。

[どうして、僕を拒むんだい?僕の事、嫌いなの?]

侵入者は、シンジの顔で悲しそうな表情をした。レイの柳眉が一瞬動くが、すぐに無感情な声音で突っぱねる。

(あなたが、碇君ではないからよ。いくらそんな姿をしていたって、あなたはあなた。碇君じゃないわ。ましてや、私でもない。)

だが侵入者は、より悲しそうな顔で言う。いままでで一番、シンジらしい口調で。

[・・・違うよ、レイ。僕は、君の中のシンジなんだ。君と一つになりたい、君だけしか見ない碇シンジ。それが僕なんだよ。]

(・・・・・・そんなの、嘘よ。)

[嘘なんかじゃない。僕は、君を決して裏切る事はない。僕は、君だけにやさしくする。何故なら僕は、君の望んだ碇シンジなんだから。]

切々と語る侵入者に、言葉に詰まるレイ。何時の間にか波は、レイのくるぶしを濡らし始めていた。

[・・・さあ、レイ・・・僕を受け入れて。そうしてくれなければ、僕は消え去るしかないんだ・・・]

両手を広げ、ゆっくりと近づいて来る侵入者に・・・レイは何も言えず、何も出来ずに立ち尽くすのみであった。

と、その時。世界そのものが激しく揺らいだ。

目を開けると・・・そこには、使徒にプログサーベルを食い込ませている弐号機の姿があった。

「ファースト!!未だ生きてる!?」

同時にサブモニターが開き、栗色の髪の少女が現れる。

「・・・こら!生きてんなら返事くらいしなさい!」

叫びつつ、アスカはプログサーベルを振り上げる。再びそれが使徒に食い込む重い音を聞きながら・・・レイは、掠れた声で言った。

「・・・・・・どうして・・・・・・?」

「・・・何が『どうして?』よっ!助けてやるから、一生恩に着なさいよね!!」

どさくさ紛れに目一杯自己中な事を言いつつ・・・アスカは3撃目を喰らわせるべく、サーベルを振り上げる。

その背後に迫り来る、輝く蛇を認め・・・レイは、叫んでいた。

「・・・・・・アスカ、危ない・・・・・・!」

          ◇          ◇          ◇

「・・・・・・なに?」

シンジは又も、辺りを見回す。

だが周りには、穴だらけの大地と崩れかけた研究所、そしてこれだけは変わらない使徒の姿しかない。

再び頭をひねるシンジに、初号機は・・・何時もとは、何処か違う口調で語りかけた。

『・・・・・・頭脳体。しんでぃ達トあすかチャン達、ドッチガ大事?』

「な、何だよ急に。今、それどころじゃないだろ?」

突然妙な質問をする初号機に、当然の如くうろたえるシンジ。しかしそんな様子にはお構いなく、初号機は静かな迫力を込めた声音で言葉を継ぐ。

『トッテモ大事ナ事ナノ。答エテチョウダイ、頭脳体。』

「・・・・・・そりゃあ、どっちかって言われれば・・・・・・アスカ達の方だと、思う。シンディさん達とは、昨日会ったばっかりなんだし・・・・・・」

『ソウ・・・ナラ、今スグ第三新東京市ニ帰ッタ方ガイイワネ。』

「・・・それって、どういう事?」

『コウイウ事ヨ。』

右隅にサブモニターが開き、地面にめり込んだ赤い人型状の物体を映し出す。・・・シンジはそれに、見覚えがあった。

「アスカ!?」

シンジが叫ぶと同時に、弐号機は地を転がり、突然現れた光の蛇を躱した。だがその動きはぎこちなく、普段の流麗さは何処にも見当たらない。

「アレって、使徒!?向こうにも出ていたのか!」

『エエ・・・大体コッチト、同ジクライノ時間ニネ。固有波形モ似テルカラ、多分コッチノ奴ノ分身カ何カダト思ウワ。』

「同じくらいの、って・・・随分経ってるじゃないか!?何で教えてくれなかったんだよ!?」

あまりの事態に、怒鳴り散らすシンジ。だが初号機は、冷水を浴びせるように言う。

『ジャア頭脳体ハ、最初カラ知ッテタラドウシタノ?しんでぃ達ヲ見捨テテ、あすかチャンノトコロニ戻ッタ?』

「・・・・・・それは・・・・・・」

シンジにとって、もっともして欲しくない問いである。言葉に詰まったシンジに、初号機は少し口調をゆるめ、諭すように言った。

『・・・頭脳体。私達ハ、一人シカイナイノヨ。ドンナ能力ガアッテモ、タッタ一人デハ全テヲ救ウ事ナド出来ナイワ・・・タトエ、神デモネ。』

シンジは、少しの間だけ俯いていた。

二体の使徒から・・・アスカの危機から、目を背けるように。

それでも、初号機は何も言わずに待った。出来の悪い上司を持った部下の面持ちではなく、婚約話を切り出しかねている息子を待つ母親の慈愛で。

・・・そして、シンジは顔を上げた。

剛い意志の光で、まっすぐ正面を見据えて。

「・・・・・・僕は・・・・・・僕には、アスカを見捨てるなんてこと、絶対に出来ない。それに・・・・・・シンディさん達も。あっちもこっちも助けるなんて出来ない、って言うけど・・・・・・けど僕は、助けたいんだ。」

言葉の意味を噛み締めるように、シンジはポツポツと話しかける。初号機にではなく、己自身に向かって。

「・・・前に、ミサトさんが言ってた。『奇跡は、起こしてこそ価値がある』って・・・アレは、奇跡は待っていても起こらない・・・絶対に諦めない、逃げない人間にだけ、奇跡は起こるんだ・・・そう言う意味だと、僕は思う。」

そこでシンジは、一端言葉を切った。

初号機は、何も言わない。ただ、暖かな沈黙を保っている。

そしてわずかの間を置いて、シンジは再び言葉を継ぐ。静かに、しかし激しく。

「・・・だから・・・だから、僕は逃げない。諦めない。どんな事をしても、絶対にみんなを助けて見せる。絶対に・・・」

『ドンナ事ヲシテモ、絶対ニ?』

「うん。」

『ミンナニ、嫌ワレチャウ事ニナッテモ?』

「・・・え?」

予期しない初号機の言葉に、戸惑うシンジ。初号機は淡々と続きを話す。

『・・・実ハ、2体トモ使徒ヲ倒ス手、無イ訳ジャナイノヨ。タダ、ソレヲスルト・・・恐ラク私達ハ、ミンナニ嫌ワレルワ。正確ニハ、恐レラレルヨウニナルンダケド・・・』

「・・・・・・・・・」

『ソレデモ、助ケタイ?あすかチャントしんでぃ達、ドッチカダケ選ブンナラ、何モ問題ハナインダケド。』

「・・・・・・・・・」

『ハッキリ言ッテ、しんでぃ達ヲ見捨テテモ・・・誰モ頭脳体ヲ責メナイワ。ホトンド行キズリナンダカラ・・・』

「・・・・・・・・・」

『・・・ドウスルノ?頭脳体。』

あくまでもやさしく問いかける初号機に・・・シンジは言った。きっぱりと。

「・・・・・・それでも僕は、みんなに生きていて欲しい。それに誰に言われなくても、僕は自分で自分が許せなくなっちゃうよ。ただでさえ、僕は自分が嫌いなのに・・・・・・」

『・・・解ッタワ、頭脳体。ミンナデ一緒ニ、生キテ行キマショウ。』

初号機は、言った。万感を込めて。

シンジは一つ頷くと、決意を込めて言った。

「さぁ、僕はどうすればいいの?僕に出来る事なら、何でもするよ!!」

          ◇          ◇          ◇

「・・・・・・あと、2分か・・・・・・」

アスカは肩で息をしながら、内部電源の残量を横目で確認した。

破損箇所へのラインカットとゲインの利用で、ここまで引き伸ばして来たが・・・これ以上は、逆さに振っても鼻血も出ない。

アスカはそっと、崩れかけた兵装ビルの影から、使徒の様子を覗き見る。

使徒はうるさいミサイルランチャーを軒並み薙ぎ倒し、機関砲群を串刺しにしているまっ最中だった。

(・・・次はあたし、か・・・)

声にはせずに、アスカは呟く。

戦況は、完全に絶望的であった。

兵装ビルも電源ビルも、無事なものは一つも無い。手持ちの武器はプログナイフだけで、しかも戦える時間はあと僅か。

(どうせ死ぬんだったら、シンジの側にいたかったな・・・)

シートに背を預け、アスカは軽く目を閉じた。

シンジの側が叶わぬならば、せめて想い出に抱かれていたかった。

甲板上で、紅葉スタンプを張り付けたシンジ。

夕焼けに染まる公園で、自分を見上げているシンジ。

マグマの灼熱から、使徒の精神攻撃から、助けてくれたシンジ。

レイに迫られているにも関わらず、不思議そうにしている鈍感シンジ。

そしてがちがちになって、自分のキスを待つ・・・バカシンジ。

「・・・いや!やっぱりいや!こんなところで、死んでたまるもんか!シンジに何も言ってない!何も聞いてない!何も・・・何もしてないのに・・・死ぬなんて、絶対いや!!」

アスカは、我知らず叫んでいた。唯一残されたプログナイフを抜き放ち、ビルを支えにしてそろそろと起き上がる。

「・・・あたしは、死なない!シンジに逢うまで、死ぬもんか!」

「アスカ、聞こえる!?」

アスカが叫んだ瞬間・・・何の前触れも無く、サブモニターが開かれる。

そこには・・・アスカが今一番逢いたいと願った少年が、見た事も無い真剣な面持ちで映っていた。

「・・・シンジっ!!」

          ◇          ◇          ◇

「対空機関砲、9割が沈黙!」

「弐号機内部電源、残り90秒!!」

「零号機、50%侵食!パイロット精神汚染、危険域です!」

敗北を読み上げるような報告の中で・・・ミサトはただ、下唇を噛み締めていた。

今、出来る事はすべてやっている。

しかし「やるだけやった」と言う、充足感はなく・・・ただひたすら、悔しさだけがミサトを支配していた。

(私の・・・私の力って、これっぽっちしかないの?使徒に一矢報いる事すら出来ないなんて・・・!)

と、その時。

「弐号機から連絡が!シンジ君です!!」

「・・・えっ?」

マヤの、あまりにも唐突かつ辻褄の合わない報告に、ミサトは思わず気の抜けたような返事をしてしまう。

だが、そこはミサトも司令官の端くれ。すぐに気を取り直すと、マヤに向かって言った。

「とにかく、繋いでちょうだい!」

すぐさまメインスクリーンの右側、弐号機の隣にサブモニターが開き・・・赤いヘッドセットを着けた少年が現れる。

「・・・シンジ君っ!やっぱり無事だったのね!!」

「はい、ミサトさん。ご心配をおかけしました。」

喜色を満面にたたえるミサトに、シンジも少しだけ顔を綻ばせる。

が、すぐに表情を引き締め、シンジはまっすぐ前・・・自分の父親で、一番の上位者である男に目を向け、言葉の爆弾を静かに投げ付けた。

「父さん・・・いや、碇指令。《ロンギヌスの槍》の惣流・アスカ・ラングレーへの使用許可をください。」

「な、な、なんですってぇ!?」

仰天したのはミサトである。何しろ《ロンギヌスの槍》の名はトップシークレット。一介のパイロットが知っていていい情報ではない。

「ち、ちょっとシンジ君!?どうしてあなたが、そんな事を知ってるの!?そ、それにあなた、アレがどんなものなのか知ってるの!?アレはエヴァが使うには、危険すぎるものなのよ!!」

「・・・すいません、ミサトさん。後でちゃんと答えますから。・・・司令、早く許可をください。でないと、弐号機が動けなくなっちゃいます。」

自分の知っているシンジとはあまりにもかけ離れた毅然とした態度に、ミサトは自分が夢でも見ているのではないか?と思い始めた。絶望的な戦況から逃避して、白昼夢を見ているのではないかと。

・・・だがそんな疑問も・・・僅かに震えるシンジの肩に気が付いた瞬間、霧散した。

(シンジ君・・・立ち向かっているのね、お父さんに。勇気を振り絞って、私達のために・・・)

ミサトは総司令席を振り仰ぐと、凛として言った。信じるもののために。

「碇指令!作戦部は、初号機パイロット・碇シンジの作戦を支持いたします。もはや、他に手段はありません。」

「・・・ミサトさん・・・」

シンジは、感極まった声音で呼んだ。自分の頼りない・・・だけど何時も一生懸命に生きてる、保護者の名を。

「勘違いしないでね、シンジ君。これは私の判断。あなたが言ったから、って訳じゃないのよ・・・」

「はい、解ってます。」

「・・・まぁ、あなたの事は・・・信じてるけど。」

「・・・ミサトさん・・・」

数瞬、発令所に静寂が訪れた。それは、二人の絆を分かち合いたかったからかもしれない。

しかし、事態は逼迫していた。その事を思い知らせるかのように、重々しい声が静まり返った発令所に響き渡った。

「・・・・・・いいだろう。ターミナルドグマへのゲートを開いてやれ。」

一瞬の後、発令所は再び喧騒に包まれる。但しその種類は、先程までとは正反対のものであった。

「・・・あ、ありがとう、父さん!!」

「了解!ターミナルドグマ、ゲートすべて開きます!」

「アスカ!聞こえる!?聞こえたなら、速やかにゲートに直行して!レイ、大丈夫!?もう少しの辛抱だから、頑張って!日向君!今生きてる兵装、全部ぶちかまして!ねらいはつけなくていいわ!どうせおとりよ!ただし、零号機にだけは当てないように気を付けて!」

「もう着いてるわよ、ミサト!さっさとここ開けてよね!それから、ACも出してよ!もう、1分と持たないんだから!!」

「・・・・・・はい・・・・・・何とか、持たせます。」

「了解!砲塔が破損したものにも、発射させます!伊吹二尉!零号機に当たる角度の兵装、MAGIで割り出してくれ!」

「了解しました!兵装チェック、開始します!12秒で終了予定!」

そんな活気を横目で見つつ・・・コウゾウはゲンドウの耳元で、囁くように言った。

「・・・いいのか?碇。弐号機パイロットにあそこを見せては、まずいのではないか?」

「別に構わんよ。スパイの可能性も低いしな・・・知識が無ければ、目の前に何があろうと無いのと同じだ。」

「しかし、疑問を抱くかもしれんぞ。」

「・・・その時はその時だ。歪んだ歯車は、取り替えればいい。それだけの事だ。」

あくまでも淡々と語るゲンドウに、コウゾウはそれ以上言葉にする事は出来なかった。

(・・・私は、弱い人間だな。本当に・・・)

ただ胸の内で、そう呟く事しか出来ないコウゾウであった。

そしてコウゾウは、レイを励ましているシンジへと目を向ける。

(ユイ君・・・どうして君は、碇に何も言ってやらぬのだ?)

自分に問いかけてもしょうがない。それは分かっている。

しかし、今のコウゾウにはそれしか出来ないのであった・・・・・・

          ◇          ◇          ◇

「綾波!大丈夫!?もうすぐアスカが助けに行くから、頑張って!!」

今まで聞こえていた、しかし全然違う声に、レイはうっすらと目を開ける。

そこには FROM EVA-02 と下に書かれたサブモニターに映る、シンジの姿があった。

「・・・・・・碇・・・・・・君・・・・・・」

「・・・・・・綾波・・・・・・ごめん。」

絞り出すようなレイの声に、シンジは少なからぬ罪悪感に囚われた。

出来る事ならすぐさま駆けつけ、レイを苦しめる使徒を葬ってやりたかった。

しかし・・・自分はその選択肢を放棄した。

だが苦しんでいるレイを目の当たりにすると、決心が揺らいで来る。

「・・・・・・どうして・・・・・・謝るの・・・・・・?」

そんなシンジに、レイは問いかける。

否、それは・・・問いかけの形を取った「赦し」であった。

「だって・・・僕は、綾波が苦しんでいるのに、何もして上げられない・・・」

「・・・・・・いいの。これは・・・・・・私のミス。碇君のせいじゃないわ・・・・・・」

「・・・でも・・・」

なおも何か言い募ろうとするシンジの黒髪に赤いインターフェースを認め、レイは苦しげに言った。

「・・・・・・碇君・・・・・・私の包帯・・・・・・持っててくれてる・・・・・・?」

「・・・え?あ、う、うん。ちゃんと持ってるよ。」

突然関係ない事を言い出すレイに戸惑いながらも、シンジは傍らから包帯を取り出し、胸の高さに掲げて見せる。

それを見て、レイは微笑んだ。苦しさも痛みも快感も感じさせない、それは透明な微笑みだった。

「・・・・・・ありがとう、碇君・・・・・・私、頑張れるから・・・・・・」

それだけ言って、レイは再び目を閉じた。乗っ取られた自らのこころと戦う、魔戦から生きて帰るために。

          ◇          ◇          ◇

(・・・随分深いわね・・・)

時速50kmと言う高速でたぐり出されるワイヤーにつかまり、弐号機はターミナルドグマへの回廊《マ−レボルジエ》の中を降下していた。

流れて行く単調な景色を眺めつつ、アスカは心の中で呟き続ける。

(しっかしミサトじゃないけど・・・バカシンジの奴、何でこんな事知ってるのかしら?碇指令から聞いた・・・って訳でもなさそうだったし・・・)

『・・・え?あ、う、うん。ちゃんと持ってるよ。』

『・・・・・・ありがとう、碇君・・・・・・私、頑張れるから・・・・・・』

が、そんな疑問も、サブモニター越しながらもいい雰囲気の二人の前に消し飛んでしまった。

(・・・こ、このバカシンジにバカファーストが!このあたしの前で、いちゃいちゃしてんじゃないわよっ!!)

今すぐ回線ぶった切ってやりたいが、それは出来ない相談であった。

シンジはアスカのインターフェースから弐号機を通じて、発令所を介して零号機と繋がっている。だから回線を閉じてしまうと、発令所との連絡が取れなくなってしまうのだ。

ともすればキレそうになる自分を押さえつけるのに、アスカは今日、使徒に対して使った以上の労力を費やさねばならなかった。

・・・そして、アスカの体感時間では永遠にも近い時の後、弐号機はターミナルドグマ入り口《ヘブンズドア》の前に立った。

軋むような音と共に、地獄の門が開かれる。そして、そこでアスカが見たものは。

「・・・・・・ゴルゴダの丘・・・・・・?」

思わず、そんな言葉が唇から漏れいでた。

それが真実を言い当てているのならば、張り付けにされた白い巨人の上半身は救世主のなれの果てか。

その胸に刺さる、槍の名はロンギヌス。その色は、かつて吸い尽くした神の子の、赫き血のような深紅であった。

「・・・・・・と、とにかく・・・・・・アレを抜かなくちゃ。」

気を取り直すため、敢えて口に出し・・・アスカは、LCLの湖の中を進み・・・槍に手をかけた。

「・・・よっこらしょ!!」

掛け声と共に、一気に槍を引き抜くアスカ。

その瞬間、物凄いパワーが弐号機とアスカの全身に満ち満ちた。すべての力の流れが統合され、大きなうねりとなって駆け巡って行く高揚感。

「・・・・・・凄い・・・・・・!」

今なら、あの使徒を倒せる。いや、今の自分に倒せないものなど無い。誇張でもなんでもなしに、アスカは心の底からそう思った。

「いよーーーーーーっし!見てらっしゃいよ、あの腐れ使徒!!今からこのあたしが、ぎったんぎったんにしてやるんだから!!」

意気揚々と引き上げるアスカの背には、完全な人型をした巨人の姿があった。

一体いつのまに下半身を再生したのか、知るものはいない・・・・・・

          ◇          ◇          ◇

「弐号機、槍を回収!現在、《マ−レボルジエ》を上昇中!」

「零号機侵食率、60%を突破!限界です!!」

「レイ、もういいわ!脱出して!!」

「駄目です!プラグ排出信号、受け付けません!!」

「・・・アスカ、急いで!!」

          ◇          ◇          ◇

レイは、サングラスをかけた長身の男と対峙していた。

[レイ・・・さあ、来るんだ。]

(嫌です。)

レイの返事は、にべも無い。しかしゲンドウの姿をした侵入者は、気にした風も無く、本物そのものの口調で問いかける。

[何故だね?この姿は先程の少年より、もっと深いところに根付いていたものだ。と言う事は、君にとって大切なんじゃないのか?]

その問いに、レイは答えず・・・代わりに別の言葉を投げかけた。

(あなたはなぜ、私と一つになろうとするの?)

[・・・・・・私には、何も無いからな・・・・・・]

ポツリ、と答えるゲンドウの顔をした侵入者に、レイは淡々と言う。

(そう・・・あなた、さびしいのね。)

[・・・・・・さびしい・・・・・・?]

(周りに何も無い、自分さえも見えない。そういった悲しい気持ち。それが、さびしいと言う事。)

[・・・・・・そうか・・・・・・私は、さびしいのだな・・・・・・]

そして、沈黙。

侵入者の体から発せられた波紋が、レイの華奢な腰に当たっては通り過ぎてゆく。

[・・・それが分かって、なぜ私を受け入れてくれない・・・?]

(あなたと私は、一つになれない。似過ぎているもの。)

哀しげな顔をする侵入者に、レイは冷たく言い放った。

[・・・そうか・・・だが既に、お前の半分以上は私のものだ。この姿も、この知識も、全てお前だったものだ。お前が何を望もうと、お前は私になるしかない。]

(私は、そうは思わない。碇君が私を見ている限り、私は私以外の何者でも有り得ない。・・・あなたには、解らないでしょうね。)

[・・・それもじき、解るようになる・・・]

と、ゲンドウの唇が歪んだ瞬間・・・二人が浸かっている湖が、突然沸騰し始める。

周囲の闇が、まるでセロファンが溶け崩れるように消えて行く。

[・・・ぐ・・・あぁあぁぁぁぁぁぁっ!!]

ゲンドウの形をしていたものの絶叫を聞きながら、レイは確信した。

シンジの−−−−−−初号機の力のかけらが、やってきたのだと。

          ◇          ◇          ◇

「どっせーーーーーーいっ!!」

ぼしゅっ!

アスカは襲い来る使徒の先端を、手にした二股の槍で切り裂いた。

あれほど手を焼いた外皮は、槍が触れるだけで蒸発し・・・バターと言うより綿飴でも切るかのような手応えである。

「楽勝、楽勝!!ファースト、今行くからね!」

あっと言う間に塞がる傷口など意に介さず、アスカは渦を巻く使徒のトンネルの中をひた走る。

と、周りを回る使徒が、絞りこむように襲いかかって来た。全方位からの一斉攻撃だ。

が、しかし。アスカは不敵に微笑むと、ジャンプさせた弐号機を、使徒とは逆に回転させた。

ずばばばばばばばばばばっ!!

「・・・ふン、甘いのよっ!!」

文字通り千切れ、四散する使徒のかけらをふき散らし、深紅の巨人はしなやかに着地を決める。その姿にはネコ科の猛獣のような、危険な美しさがあった。

「行くわよっファースト!どりゃあー!!」

ずがっ!!

そしてアスカは、零号機に食い付いている使徒の根元に、神槍を突き立てた。神の力が槍から迸り、使徒の細胞のみを無へと帰して行く。

と、その時。

使徒が、千切れた。かの有名な、トカゲの防衛行動のように。

あっ、と思う暇も無く。やって来た時の半分ほどの長さになった使徒は、物凄い勢いで空へと駆け登り、消えた。

「・・・逃げた・・・?」

『いや・・・多分、こっちの使徒と合体しに来るんだと思う。』

呟くアスカに答え、シンジがあっさりと言う。

「こっちの使徒、って・・・ちょっとシンジ!アンタまさか、使徒と戦ってるの!?」

『うん。そうだけど?』

「あ、あ、あ、・・・アンタ、バカぁあぁぁぁ!?何でそんな大事な事言わないのよっ!?」

『・・・あれ?言ってなかったっけ?』

「聞いてないわよっ!」

『ご、ごめん。』

「・・・まったくもう、バカなんだから・・・」

とか言いつつ、アスカはシンジを魅了すべく特上の笑みを浮かべた。《あたしのために、早く片付けて帰って来なさい》と言う、意志を込めて。

『・・・綾波、大丈夫?』

『・・・・・・うん。大丈夫みたい・・・・・・』

『良かった・・・・・・ホントに、良かった・・・・・・』

『・・・碇君・・・』

『・・・綾波・・・』

だが肝心のシンジは、値千金のそれを見ていなかった。アスカのこめかみに、特大の青筋が浮かび上がる。

「・・・くぉらバカシンジっ!!アンタ今、戦闘中なんでしょ!?なぁぁぁぁぁにへらへらへらへらしてんのよっ!?まじめにやんなさいっ!まじめにっ!!」

『べ、別にへらへらなんてしてないだろ!?』

「してたわよ!」

『してないっ!』

「してたったらしてたの!」

『してないって言って・・・うわっ!?

「し、シンジ!?」

随分と久しぶりに感じる喧嘩の最中、シンジの映像が突然ぶれた。血も凍るような不安が、アスカの心臓を鷲づかみにする。

「シンジ!?シンジ!シンジっ!!こらバカシンジ、返事しろぉ!!」

後半涙声になりながら、モニターに掴み掛らんばかりの勢いでシンジを呼ぶ。その甲斐あってか、通信はすぐに復帰した。

『・・・ごめん、ちょっとインターフェースがずれちゃって・・・』

「・・・・・・ばか・・・・・・」

マリンブルーの瞳を潤ませ、アスカは安堵の微笑みを投げかける。何の意図も無いその笑みは、アスカの生涯で最も美しいものであった。

『え、あ、う、そ、そ、その・・・と、と、と、とにかく!こっちは大丈夫だから!!』

流石の鈍感シンジも感じるところがあったのか、全身真っ赤である。そんなシンジをアスカは、ただ見つめるのみであった。

『・・・いい雰囲気のとこ悪いんだけどぉ・・・ちょ〜っち、話聞かせてくんないかなぁ?シンジ君。』

そんな二人に割り込むように、ミサトがサブモニターに現れる。慌てて視線を逸らすアスカ、弾けるようにミサトの方を向くシンジ。二人とも、顔中真っ赤である事は言うまでもない。

『は、は、はい!なんでしょうかみさとさん!』

『・・・まずは、そっちの状況教えてちょうだい。いったい何が、どうなってるの?』

声が裏返っているシンジに、ミサトは先程とは別人のような声音で問う。それである程度落ち着いたのか、シンジは比較的てきぱきと経緯を説明し始めた。

『あ、はい・・・まず僕は、シンディさんの依頼で使徒の化石だって言うモノの調査をしました。その時は、全然生きてなかったんですが・・・それでシンディさんにこれからどうしようか聞こうとした瞬間、NN地雷が爆発して・・・』

(あれ・・・夢じゃなかったんだ・・・)

シンジの説明に、アスカは戦闘前の夢を思い出す。

何故、あんなものを見たのか?

(・・・きっと、あたしのインターフェースのおかげね。)

アスカは理屈ではなく、そう確信した。

何だかシンジとの絆を証明しているような気がして・・・アスカの口元が、我知らず綻んでゆく。

「・・・・・・ふふっ・・・・・・絆、か・・・・・・」

アスカのそんなつぶやきを、誰も聞いてはいなかった。

ただ一人、零号機を起き上がらせようと奮闘する、白い少女を除いては。

その少女は何を言うでもなく・・・ただまっすぐにモニターを見つめていた。

その視線に、一抹のさびしさを込めて。

          ◇          ◇          ◇

「・・・と言う訳で、こちらは膠着状態です。シンディさん達が避難してくれれば、未だ何とかなるんですが・・・」

単調な使徒の攻撃をあしらいつつ、シンジは説明を終えた。サブモニターに映るミサトは、腕組みをして何やら考え込んでいる。

『・・・チョット頭脳体。早クあすかチャンニ《槍》ヲコッチニ放ルヨウニ言ッテチョウダイ。ソーユー作戦デショ?』

何時まで経っても作戦の最終段階を言い出さないシンジに業を煮やしたのか、初号機が口を出して来る。それに対してシンジは、何時もの歯切れの悪さで、ぼそぼそと言う。

(・・・うん・・・そうなんだけど・・・)

『ソウナンダケド、何ヨ?』

(なんか、ミサトさんの様子見てると・・・言っても許可してくれないような気がして・・・)

『・・・アノネェ・・・』

さっきまでの毅然とした態度がどっか行ってしまったシンジに、初号機は呆れた声を出した。さもありなん。

『ソンナノ、言ッテミナキャア分カンナイデショーガ。昔カラ言ウデショ?言ウダケただッテ。』

(・・・それは・・・そうなんだけどさ。・・・でも、僕が頑張れば・・・僕がもっと頑張れば、ミサトさんを困らせなくても済むんじゃないかな、って思い始めて・・・)

『・・・頭脳体・・・』

そう・・・自分の司令官は、こういう人間だった。

自分以外の人間を傷つけたくない、困らせたくない。その為ならば、自分の傷はいとわない。

ネルフと言う組織の中で、否、人の世界で生きて行くには優しすぎる少年。

しかし・・・いやだからこそ、初号機は彼に従う。

かつてのように、精神までも融合させずに。

『・・・マ、頭脳体ガソウ言ウンジャア・・・』

『・・・アスカ、《槍》を投げて。目標は、シンジ君よ。』

『「え!?」』

初号機がシンジの意見に折れようとした瞬間、ミサトが重々しく、簡潔すぎる指示を口にした。思わずユニゾンで驚く、シンジとアスカ。

『・・・さっきの使徒は、南米に現在出現中の使徒と融合する可能性が高いわ。この両者を殲滅するにあたり、弐号機は初号機に向けて《槍》を投擲。初号機はこれを用い、使徒を殲滅する事。・・・何か、質問は?』

てきぱきと作戦を説明するミサトに、シンジは少しだけ茫然としていたが・・・やがておずおずと、手を挙げる。

「・・・あの・・・いいんですか?ミサトさん。」

『いいも何も、《ロンギヌスの槍》の使用許可は出ているわ。使徒を殲滅するための、ね・・・そうですよね?碇指令。』

『・・・・・・そうだ。』

ゲンドウの言質を取ったミサトは、シンジにウィンクを送り、言う。調子良く、全幅の信頼を込めて。

『・・・ま、そーゆー訳だからぁ。ちゃっちゃと片付けて、帰って来るのよ。』

「・・・・・・はい・・・・・・」

ともすれば、溢れそうになる嬉し涙のため・・・シンジはこう言うのが、精一杯であった。

          ◇          ◇          ◇

『・・・いい?その《槍》は、人の意志力・・・人の想いに反応するわ。だからアスカ・・・シンジ君の事を、強く想って。そうすれば、必ず《槍》は届くわ。』

「はいはい、よ〜するにバカシンジに届くように、って思ってればいいんでしょ?分ってるわよ。」

リツコの説明にぶっきらぼうに返事をしながら、アスカは《槍》を使徒の逃げた方向に構える。

・・・と、その時。突然《槍》の先端が寄り合い、一つになる。なに?と手元を見てみれば・・・《槍》の柄に、零号機が手をかけていた。

『・・・・・・これで、大丈夫。この《槍》は、必ず碇君の元へ届くわ。』

「・・・何よそれ!?あたしの想いだけじゃ、足りないって言うの!?」

どことなく満足げなレイに、血相変えて噛付くアスカ。そこへとりなすように、リツコが口を挟む。

『思考ベクトルが同じなら、人数は多い方がいいわ。さ、早くしてアスカ。レイの注いだエネルギーが、無駄になってしまうわ。』

「・・・・・・わかったわよ!やりゃーいいんでしょ!!」

叫び、目を閉じるアスカ。

脳裏にシンジの姿を描きつつ、アスカはありったけの想いを《槍》に込める。

うじうじした態度に、本気でいらついた事もあった。

何時まで経っても自分の趣向を覚えないのに、腹が立った事も一回ではない。

それでも。

それでも、傍にいて欲しい。

自分だけに、その笑顔を向けて欲しい。

だって碇シンジは・・・この惣流・アスカ・ラングレーが素顔を見せる、この世でたった1人の人間なのだから。

・・・と、《槍》の色が変わり始めた。朱から翠、翠から藍へ、そしてまた朱へ。

「・・・行くわよ!」

かっ、と目を開き、弐号機は助走を始める。3歩目を大きく踏み込み、軸足のバネを総動員する。

「でりゃあぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!!」

掛声一閃、軸足の力を全身で増幅し・・・アスカは《槍》を放つ。雲を撃ち抜き、大気を越え、帰って来て欲しい人の元へ向けて。

(届け・・・届け・・・!あたしの想い・・・!!)

(届け・・・届け・・・!わたしの想い・・・!!)

天空切り裂き、《槍》は翔ぶ。虹色の、人の想いを乗せて。

その先にある希望へと、一直線に・・・・・・!

          ◇          ◇          ◇

『・・・・・・来タワ。』

「・・・・・・うん、来た。」

初号機とシンジは、静かに言葉を交わした。何が、とはもう言わないし、聞かない。

・・・しかし、それはどちらを指した言葉であったのか?

光り輝く巨大な蛇か、はたまた虹を纒った神槍か。

それらは、あるべき場所へと帰って来た。蛇は、使徒の胸元へ。神槍は、真の主の手の中へ。

『サァ、ヤルワヨ!頭脳体!』

「OK!」

るぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!

神槍を頭上で回転させ、初号機は吼えた。聞くものすべての魂を震わせずにはおかぬ、猛き雄叫び。それは、槍に込められた想いに対する答えか。

『虚数回廊!』

「ディラック・ドライヴァーーーーーーーーーっ!!」

七色の尾を引きながら、神槍は大地へ突き立つ。様々な色が一点に集約し・・・最強の色、漆黒が生まれいでた。

それは、文字通り墨を流すように大地を走り、全身光り始めた使徒の足を、ずぶずぶと取り込み始めた。

だが使徒は、抜けだそうともがいたりはしなかった。両腕で自らの身体をかき抱くと、背中から巨大な羽を2枚、出現させた。

「飛んで逃げるつもりか!?」

『ソウハ行カナイワ!活動形態、Act2β!光子翅、あれすてぃっどもーど!』

初号機の背中から、12枚の黄金の翅が出現する。そして次の瞬間、それは無数の黄金の糸へと解け、複雑な紋様を描きつつ使徒へと殺到した。

その時、使徒のあらゆる関節が倍に膨れあがった。そこから飛び出す、無数のマグネシウムの矢が、黄金の檻を迎え撃つ。真の力を取り戻した使徒の破壊力の前では、か細い糸などものの数ではない。

だがしかし・・・その破壊力は発揮される事無く、黄金色に輝く糸に絡め取られた。糸はそのまま使徒本体にも巻き付き、その自由を完全に奪い去った。

『サァ、仕上ゲヨ!』

初号機は両手を腰だめに構え、猛然と突進する。開いた掌には稲妻を纒った闇が、脈動しながら成長を始めていた。

るぅぉおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!

初号機が、再び吼える。使徒を、大地を、糸を、大気を、あらゆるものを震え上がらせ、初号機は走る。墨色の大地を蹴って。

『ねがてぃぶ・ぷらねっと・ふぃんがーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!』

1個が初号機の頭ほどもある闇を、両手同時に使徒のみぞおちへ叩き込む。使徒を絡め取っていた糸が渦をまいて、闇へと吸い込まれて行く。使徒と共に。

すべて吸い込まれるのを待たず、初号機は高々と両手を天にかざす。途端に闇自体が膨れあがり、使徒をすっぽりと包みこむ。その周りに、黄金のトンネルを構成していた糸が集まり、直角に交差するリングを創り上げた。

そしてリングは、その半径を縮め、中央の闇を締め上げる。徐々に闇は小さくなり・・・初号機の掌に、すっぽり納まるサイズで停止した。

『・・・ジャア、イッタダッキマース!』

「・・・・・・え?」

シンジが止める暇もあればこそ。初号機は大きくその顎を開くと、手の中の闇を一息に飲み込んでしまった。あまりの事に、目が点になるシンジ。

『・・・・・・ハイ、ゴチソー様デシタ。ヤッパ、食ベ物ハ鮮度ガ大切ヨネ〜。』

ご丁寧に手まで合わせ、初号機は実に満足そ〜に言った。シンジは暫く、目を点にしたままで凍り付いていたが・・・やがてポツリ、と呟くように言った。

「・・・・・・・・・僕って、とんでもないモノと一つになっちゃったんじゃあ・・・・・・・・・?」

そんなシンジに・・・初号機はげっぷなぞしてから、言ってくれた。

『マ、コレモ人生ッテ奴ヨネ。』

シンジはありがたすぎて、涙が出てくるのであった。

          ◇          ◇          ◇

「・・・じゃ、気を付けてね。と言っても・・・君の場合、心配はいらないかな?」

「・・・・・・あはは・・・・・・」

2日後、コロンビア空港。

見送りに来たシンディの、恐らく他意の無いお言葉に、シンジは力の抜けた笑顔で答えるしかなかった。

「・・・おいおい、俺の心配はしてくれないのかい?」

「あなたも、別の意味で心配はいらないんじゃない?殺しても死にそうに無いし・・・」

「ひどい言われようだなあ。折角、苦労してでっかい魚を釣り上げたってのに・・・」

「・・・ま、それに関しては感謝してるけど。」

ぼやくリョウジに、苦笑するシンディである。

リョウジが捕まえたスパイは、南米政府の手の者であった。ゼーレも、一枚岩と言う訳ではなさそうである。

だがこれで、議長たるシンディの叔父、キール・ローレンツの地位は益々磐石となることだろう。もしかしたらシンディ自身が、空席になった委員会の椅子に座れるかもしれない。それを考えれば、シンディのリョウジに対する態度は、冷たいどころか恩知らず、と言って良かった。もっとも、そんな事を気にするリョウジではなかったが。

「・・・おっと、そろそろ時間だ。名残惜しいが、帰ろうか?シンジ君・・・」

「はい。・・・ではシンディさん、お元気で。」

「シンジ君もね・・・また、会いましょ?」

笑顔で右手を差し出すシンディにどぎまぎしつつ、シンジはそのほっそりとした白い手を握った。その光景を微笑ましく見やりつつ・・・リョウジは誰にも聞こえない声で、ぼそりと言った。

「・・・・・・また会いましょう、か・・・・・・確かに、そうなりそうだな・・・・・・」

          ◇          ◇          ◇

「・・・ちょっとアスカぁ!?未だ終わんないのぉ?」

「うっさいわね!ぴちぴちしたあたしは、ミサトなんかと違って時間が掛かるのよ!」

「・・・まったく・・・シンちゃん達迎えに行くだけなんだから、普段着でいいじゃないの。」

「なんか言ったぁ!?」

「べっつに〜!とにかく、早くしなさ〜い!」

葛城家、リビング。

2時間ほどお篭りのアスカと怒鳴り合いながら、ミサトは壁の時計とにらめっこをしていた。

(・・・こりゃ、相当に飛ばさないと間に合わないわね・・・新12号の裏道を使って、旧道に出れば・・・)

あせりつつもどことなく楽しそうにみえるのは、飛ばす理由が出来たからなのかもしれない。

葛城ミサト29歳、ロードレーサーの血が騒ぐお年頃である。

「・・・・・・碇君が帰って来る碇君が帰って来る碇君が帰って来る碇君が帰って来る碇君が帰って来る碇君が帰って来る碇君が帰って来る・・・・・・」

その隣では、いつぞやのデートルックに身を包んだレイが、完全に精神汚染されていたりする。お星さまが散りばめられたその顔は、魔戦を勝ち抜いた戦士だとはとても思えない。

そしてリビングに、声こそ大きいがかなり緊張感を欠いた声が響き渡る。

「アスカぁ〜早くしないとぉ〜シンちゃんに嫌われるわよ〜?」

          ◇          ◇          ◇

「・・・・・・いませんね。」

「・・・・・・ああ。ちゃんと、到着時間は知らせておいたんだがなぁ。まったく、葛城はずぼらで困るよ。」

新東京国際空港、到着ゲート前。

シンジとリョウジは、いるべきはずの人物を探していた。だが、影も形も見当たらない。

「・・・どうする?タクシーにでも乗って帰るか?」

「・・・そうですね・・・あ、いや。もう少しだけ待って見ましょうよ。」

リョウジの意見に同意しかけたシンジではあったが、すぐに思い直した。万一入れ違いにでもなったら、後が恐すぎる。

・・・と、その時。

シンジは人ごみの向こうから駆けて来る、見慣れた姿を見つけた。リョウジも見つけたらしく、軽く手を挙げている。

「・・・・・・はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・・・・お、おかえりなさい。シンジ君・・・・・・」

「はい、ただいま。」

肩で息をしながら言うミサトに、苦笑するしかないシンジである。その隣では、又もや無視されたリョウジが、呆れた視線を送っていた。

「・・・葛城。俺達が着く時間は、ちゃんと教えといただろうが。まったく、何時まで経っても直らんなぁ、お前のずぼらは。」

「・・・う、うっさいわね!アスカが何時までの着替えてるから、遅れたのよ!私の準備は、とっくの昔に出来てたんだから・・・」

「はいはい、わかったわかった。そういう事にしといてやるよ。」

「ホントなんだってば!」

「・・・あ、そう言えばアスカは?」

場所柄もわきまえず痴話喧嘩モードに突入しかけているミサトに、シンジはその話題の人物の所在を聞いた。

「・・・・・・あれ?来てない?おっかしいわねぇ、車にはちゃんと乗せて来たのに・・・・・・」

頭なぞ掻きつつ、ミサトは自分がやって来た方向へ振り向く。するといいタイミングで、黄色いワンピース姿のアスカが、よたよたと現れた。まるっきり、脱水症状を起こしかけているマラソンランナーの走りである。

「・・・・・・ぜいぜいぜいぜいぜいぜい・・・・・・み、ミサトぉ・・・・・・あ、アンタねぇ・・・・・・」

ふらふらとミサトに近寄りつつ、アスカはか細い声で抗議する。ミサトの全速爆走シェイクされた直後に、全力疾走を敢行したのだ。三半器官がストライキを起こしても、まぁ無理からぬところである。

「アスカ・・・大丈夫?何だか、顔色が悪いみたいだけど・・・」

「・・・・・・アンタねぇ、これが大丈夫そうにみえ・・・・・・」

心配そうに近寄るシンジの方を向こうとして・・・アスカの脚は、持ち主の意志を離れた。

・・・とさっ。

軽い音を立てて、自分の胸に飛び込んで来た少女の背に・・・少年は、反射的に手を回す。少女は何が起こったのか理解出来ずに、ひたすらその蒼い目を見開いていた。

(あ、アスカ・・・む、胸が・・・)

(・・・あ・・・あたし・・・もしかして、シンジに抱きついてる!?)

お互いを意識した瞬間、全身真っ赤に染まるシンジとアスカ。しかしアスカは、シンジから離れようとはしなかった。

(・・・シンジ・・・シンジの匂い、シンジのぬくもり・・・やっぱり、あったかい。あったかいよ、シンジ・・・)

「・・・あ、ああああのアスカ!?そ、そのあのつまりだからその、だだだだ大丈夫!?」

真っ赤な顔のままうろたえまくるシンジをぎゅっと抱きしめ・・・アスカは耳元で囁いた。頬を、すり寄せるようにして。

「・・・・・・お帰りなさい、シンジ・・・・・・」

「え、あ、う、うん。た、ただいま・・・・・・」

そんな、映画のワンシーンのような二人を、ミサトとリョウジは微笑ましく見守っていた。

「・・・・・・良かったな、アスカ・・・・・・」

「・・・・・・そうね・・・・・・」

すっかりいい雰囲気に当てられてか、ミサトはそっと、リョウジに身を寄せる。リョウジは黙って、その肩を抱いた。

・・・とリョウジが、思い出したように言った。

「・・・・・・そう言えば、レイちゃんは?」

「・・・・・・道、長い道、終わりの来ないもの。草、緑の草、ガラスを叩いて過ぎるもの。信号、赤いもの、止まる合図。でも止まらない、どうして?世界、私がいるところ、でも回ってる。どうして?」

意味不明な事をぶつぶつ呟きつつ、レイは後部座席でひっくり返っていた。その赫い目は、すっかり牛乳瓶底眼鏡状態である。

助手席でシートベルトをちゃんとしていたアスカでさえあの様なのだから、転がり回れる後部座席のレイがいかような目に遭ったかは想像に難くはないのだが・・・しまらない事、おびただしい。

レイにとって唯一の救いは、この場にシンジがいない事だったのだが・・・そのささやかな幸運も、もうすぐ尽きようとしていたりする。

かちゃ。

「・・・・・・あ、あああ綾波!?」

「・・・・・・はっ!?」

世界で一番聞きたかった声に、レイは一発で正気に戻る。声のする方を見てみれば・・・そこには、顔を真っ赤にして固まる、シンジの姿があった。

「碇君!!」

喜びの声を上げ、跳ね起きようとして・・・レイは、不意にシンジの視線が気になった。たどって見ると・・・その視線は、レイの太股のあたりにしっかりと吸い付いていた。

ことここに至って、レイは気が付いた。自分の、あられもない格好に。

「§☆▽※#$%*Δ&^+/¥@〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?」

「・・・・・・わっ!?そそそそその、ごごごごごごごめんっ!!!」

そして澄み切った青空に・・・うろたえまくった少年の声と、謎の言語が響き渡るのであった。

          ◇          ◇          ◇

「・・・・・・それじゃ、いっただっきまーーーーーーす!」

元気良く言って、ご飯茶碗を手に取るアスカ。その目前には、かなり大きな玉子焼きと、とろろ昆布入りの味噌汁が、鎮座ましましている。

玉子焼きを器用に箸で切り、そのひとかけを口に放り込む。十分に味わい、ゆっくりと飲み込む。アスカの表情が、至福に綻んでゆく。

「・・・・・・うん、まあまあイケるじゃない。」

アスカにしては最大級の賛辞を、帰国したばかりのシェフに送る。だが肝心の少年は、例によってアスカの言葉を聞いてなかった。

「・・・ごめんね、綾波。折角来てもらったのに、こんなのしか出せなくて・・・」

「・・・・・・ううん・・・・・・碇君の玉子焼き、とってもおいしい・・・・・・」

車でのアレが未だ尾をひいているのか、頬を薔薇色に染めたまま、俯いて言うレイである。かつて押し倒されて生乳揉まれた割には、反応が初々しい。

(碇君に見られた・・・恥ずかしい・・・でも、嫌じゃない。碇君だから・・・?)

「・・・こらバカシンジ!人の話くらい、ちゃんと聞きなさい!それからファースト!アンタ、なんか良からぬ事を考えてない!?」

レイの思考が妙な方へ傾き始めたのを察してか、アスカは怒声を張り上げる。何時もの通り、どことなく楽しそうに。

そんな子供達を、ミサトはビール缶越しに見つめていた。

(親は無くとも子は育つ、か・・・私は保護者としては失格だけど・・・せめて、この笑顔だけは守りたい・・・)

初めて手に入れた、家族のぬくもり。

それは、決して失ってはならない宝物。

このかけがえの無いものを守るため、出来る限りの事をしよう。

ミサトは改めて、そう決意するのであった・・・・・・

          ◇          ◇          ◇

「・・・・・・アスカぁ。起きてる?」

その晩。

シンジは、アスカの部屋の前にいた。

寝る直前になって、重大な事を思い出したからである。

「・・・・・・シンジ?」

「うん。ちょっと、いい?」

「・・・いいわよ。入って。」

普段と何等変わらぬアスカの声に、シンジは襖を開ける。そこにはベッドにちょこんと腰掛けたアスカが、穏やかな眼差しを向けていた。

シンジはその前まで歩み寄ると、深紅のインターフェースを差し出した。

「・・・はい、これ。助かったよ、ありがとう。」

アスカは暫く、それを何ともいいがたい表情で見つめていたが・・・やがてそっと、シンジの右手を押し戻した。

「暫く、持ってなさいよ。」

「・・・え?でも、これが無いと、アスカが困るんじゃ・・・」

困惑したシンジは、アスカの頭で揺れている、赤いリボンを見つめる。と、アスカが少し伸びをして、シンジの視線に自分のマリンブルーの瞳を合わせた。真摯な眼光が、少年の黒い瞳を射る。

「・・・あたしより、シンジが困るんじゃないの?」

「え?」

「これが無いと、他と交信出来ないんでしょ?また、あんな事があるか分かんないんだし・・・だからそれは、アンタが持ってなさい。」

「・・・ホントに、いいの?」

「アンタも分かんない男ねぇ。このあたしがいい、って言ってるんだからいいの!何か文句でもあんの!?」

「・・・い、いや・・・わかったよ。ありがたく、借りさせてもらうよ。」

「わかればいいのよ。」

言ってアスカは、にっこりと微笑んだ。そこには、単なる満足以上の何かがあった。何故か、顔が熱くなるシンジ。

「そ、それじゃ僕はもう寝るよ。おやすみ!」

焦った口調でそう言うと、シンジはそそくさと部屋を出て行く。そして廊下に片足を踏み出した時、振り返り、言った。

「・・・・・・あのさ・・・・・・その髪型、似合ってると思うよ・・・・・・」

「・・・・・・シンジ・・・・・・」

「じ、じゃあ!おやすみ、アスカ!!」

似合わない事を言ってしまった恥ずかしさで真っ赤になったシンジは、そのまま逃げるように出ていった。その後ろ姿を、アスカは微笑みで見送った。

「・・・ふふっ・・・バカシンジの癖に・・・」

言ってアスカは、机の引き出しを開ける。その中には深紅のインターフェースと純白のインターフェースが、仲良く並んで入っていた。

そしてアスカは白い方を手に取ると、大事そうに鞄にしまい込んだ。

「・・・絆、だよね・・・シンジ・・・」

呟いて、アスカはベッドに入り込み、目を閉じた。

すぐに穏やかな寝息を立て始めた少女の寝顔は、とても幸せそうであった・・・・・・

          ◇          ◇          ◇

「・・・以上です。後の資料は、赤木博士に渡してあります。」

「・・・・・・ご苦労。」

ネルフ司令執務室。

リョウジは直属の上司に、報告を終えた。少しの沈黙の後、その上司の右腕が口を開く。

「完全に死んでいた使徒の復活、か・・・にわかには、信じられん話だな。」

「恐らく・・・初号機と交戦していた方は、抜け殻だったんだろう。こっちに来た方が、本体だよ。」

「しかし、コアが無かったんだぞ。」

「我々にだって、コアはない。そういう進化をした使徒も、いると言う事だ。」

「・・・そうか・・・」

一応納得したのか、コウゾウは口を閉ざす。それを見計らったかのように、リョウジが問題を提起した。

「それより、問題は委員会です。彼らは目的を達成してない訳ですから、また何か仕掛けて来ますよ。どうするつもりです?」

「老人達も、バカではあるまい。同じ手は、使って来んよ。初号機と《槍》がここにある限り、何が来ようと恐るるに足りん。」

「・・・ま、そりゃそうですね。」

おどけた仕草で、リョウジは肩をすくめて見せた。それを何時もと同じポーズで、冷ややかに見つめるゲンドウ。だがコウゾウには、ゲンドウが別の何かを見つめているように思えた。根拠は、何も無かったが。

「・・・とにかく、あと一つだ。あと一つで、全てが終わる。」

「そう・・・終わりの、始まりだ。」

謎の言葉を最後に、執務室は静寂に包まれた。これからの運命を思い、言葉を失ったかのように。

・・・噛み合い、ぶつかりあった運命の歯車は、加速する。誰にも止められぬほど激しく。

その激流を詠い上げるシ者は、すぐそこまで来ていた。


《第壱部発動編・完》

                        by プロフェッサー圧縮


あとがき<其の六>



シンジ「・・・・・・えっ!?

初号機『ドウシタノ、頭脳体?』

シンジ「どうしたもこうしたもないよ!なんだよこの《第壱部発動編・完》って!?」

初号機『読ンデ字ノ如シジャナイ?』

シンジ「・・・それじゃあ、この話終わっちゃうの!?」

初号機『ソンナ訳ナイジャナイ。ソンナ事シタラ、読者ガ暴動起コスワヨ。』

シンジ「でも、雑誌とかの連載打ちきりで良くやってるじゃないか。」

初号機『ソレハソ〜ダケドォ・・・マァ、作者次第ジャナイ?再開スルカド〜カハ。』

シンジ「またそんな無責任な・・・大体この連載、半凍結状態じゃないか。漫画版の本編と変わんないよ、これじゃあ。」

初号機『頭脳体、ソレ禁句ヨ。』

シンジ「しかも、あんな引きしといて2ヶ月だろ?いい加減、読者に愛想尽かされちゃうよ。」

初号機『・・・何カ頭脳体、ミョ〜ニこーふんシテナイ?ナンカアッタノ?』

シンジ「(ぎくっ!)な、ななななにいってるんだよ!?な、な、なんにもあるわけないじゃないか!!」

初号機『頭脳体・・・・・・解リ易スギルワ・・・・・・』

シンジ「だ、だ、だからっ!!」

初号機『・・・マ、気持チハ解ルケドネ〜。映画ノ頭脳体ッテバ、あすかチャンノ目ノ前デアンナ事・・・』

シンジ「わーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!だ、だだだだ駄目だよ!未だ映画見てない人だっているんだから!!」

初号機『ハイハイ、ワカッテマスッテ。ソレジャマァ、当タリ障リノ無イ話デモシマショウカ。』

シンジ「(ほっ)そ、そうだね。それじゃ、今回の話の裏話を何か・・・」

初号機『裏話、ト言ッテモネェ・・・今回、戦闘バッカリデショ?特ニ話スヨ〜ナ事、ナンニモ無イノヨネ〜。』

シンジ「作者は結構、ノッて書いてたみたいだったけど。3話であんなに苦労したのが、嘘みたいに書けたって。」

初号機『ソウネ。ヤッパリ、映画デ溜マッタウップン、晴ラソウッテ事ナノカシラ?』

シンジ「うん、何かそうみたい。でも、映画見たから分量増えたのは確かなんだけど・・・増えた分って、実は綾波のシーンなんだ。」

レ イ「呼んだ?

シンジ「・・・わっ!?綾波、一体何処から・・・」

レ イ「私は、碇君の行くところなら何処にでも現れるわ。」

シンジ「・・・その発言は危ないよ・・・色々な意味で・・・」

初号機『マァマァ、イ〜ジャナイノ。コノクライデ目クジラ立テタリシナイワヨ。』

シンジ「だから、そーゆー問題だけじゃないんだってば・・・」

レ イ「・・・とにかく、今回私はほとんど出番が無い予定だったんだけど・・・どういう訳か、こんなに増えているわ。きっと弐号機パイロットだけじゃ、間が持たなかったのね。」

アスカ「ちょーーーーーーーーーっと待ったぁ!ファーストっ!今の発言、ど〜ゆ〜意味よっ!?」

シンジ「あ、アスカ!?・・・みんな、一体何処から出て来るんだ・・・?」

初号機『細カイ事ヲ気ニシチャ駄目ヨ、頭脳体。』

レ イ「言葉通りの意味よ、弐号機パイロット。」

アスカ「なに言ってんのよ、このバカファースト!!あたしに助けてもらったくせに、この恩知らず!!」

シンジ「ま、まあまあアスカ、そう興奮しないで・・・」

アスカ「・・・・・・ふ、ふん。今回だけは、シンジに免じて勘弁して上げるわ。」

初号機『アラアラァ?あすかチャンテバ、随分オトナシイワネ〜?何カイイコト、アッタノカシラァ?』

アスカ「べ、べべべ別に、あのインターフェース使えば何時でもシンジと話せるとか、シンジを何時も傍に感じられるとか、そんな事で浮かれたりなんてする訳ないじゃないの!へへへ、変な事言わないでよね!!(真っ赤)」

初号機『アラァ〜?私、ソコマデ言ッテナイケドォ〜?』

アスカ「・・・・・・あう・・・・・・(頭から湯気発生)」

レ イ「・・・碇君・・・私の包帯、持っててくれてる?」

シンジ「え、あ、う、うん・・・持ってるよ。」

レ イ「・・・嬉しい・・・」

アスカ「こ、こらこらこらこらこらぁ!あたしがあれだけの事言ったのに、何でファーストなんかといい雰囲気になるのよっ!?」

シンジ「え?だって、嬉しくないって言ったじゃないか。」

アスカ「・・・あ、あ、あ、アンタねぇ・・・(怒りでぷるぷる震える)」

初号機『頭脳体。駄目ヨォ、イ〜加減デ《ビミョ〜ナオトメゴコロ》ヲ理解シテ上ゲナイト。あすかチャンガ、可哀想デショ?』

アスカ「そ、そうよ!!アンタ、話が分かるわね!バカシンジと一つになっているのが、信じられないわ!」

初号機『ソリャア、同ジ女ノ子同士デスモノ。』

シンジ「・・・女の子同士って・・・それよりアスカ、どうして初号機と話が出来るの?僕の意識がある時は、初号機って他人と話せないはずなんだけど。」

アスカ「アンタバカぁ?そんなん、ここが後書きコーナーだからに決まってるじゃな〜い!」

シンジ「・・・後書きコーナーだから、って・・・(汗)」

初号機『頭脳体、ダカラサッキ言ッタデショ?細カイ事ハ、気ニシチャ駄目ダッテ。』

シンジ「・・・わかったよ。そーゆーもんだって、思えばいいんだろ?」

アスカ「そーゆー事。やっとわかったの?バカシンジ。」

シンジ「・・・なんかその言い方、某Qの発端みたい・・・」

レ イ「・・・碇君・・・私の話・・・(シンジの裾を捕まえる)」

シンジ「あ、ご、ごめん!・・・で、何処まで話したっけ?」

アスカ「このバカファーストが、恩知らずな事をぬかしたところよっ!!」

シンジ「あ、アスカ。落ち着こうよ・・・ね?」

アスカ「わ、わかったわよ(何故か頬が赤くなる)」

初号機『マァ・・・映画デホトンド、出番無カッタカラネェれいチャンハ。ソノセイモアルンジャナイ?』

シンジ「そうかなぁ・・・その割には、アスカの戦闘シーンはほとんど変更が無かったみたいだし・・・」

アスカ「それは単に、変える必要が無かったからじゃない?無敵の神槍を操る、このあたしの華麗な勇姿!下僕のみんな!見てたわよね!?」

シンジ「・・・・・・下僕って何?」

アスカ「こっちの話よ、気にしなくていいわ。・・・ああ、そうそう思い出したわ。あたしのドイツ語の台詞を教えてくれた、びーこんにKOB!ありがとうね。資料もナシにこんなものを書いている、無能な作者に変わってお礼を言っておくわ。」

シンジ「アスカぁ、駄目だよ。ペンネームとはいえ呼び捨てにしちゃあ・・・・・・」

アスカ「あたしだからいいの!」

シンジ「しょうがないなぁ、もう・・・・・・」

初号機『マァ、ソレハイイトシテ・・・れいチャンノ出番ガ増エタ件ニ関シテハ、作者モヨク解ッテナイミタイダシ・・・別ニ問題ッテ訳デモナイカラ、イインジャナイ?』

アスカ「問題よっ!・・・と言いたいところだけど、まぁいいわ。あたしの出番が、減った訳でもないし。」

初号機『アラアラ、ヨユーネェあすかチャン?ヤッパ、頭脳体ト固イ絆デ結バレテイルカラカシラ?』

アスカ「・・・そ、そんなこと・・・(真っ赤っ赤)」

レ イ「・・・ところで、碇君。この連載、これからどうなるの?」

シンジ「そ、そうだよ!これから僕達、どうなっちゃうの!?」

初号機『ナンカ、他ノトコロノ短期連載終ワラセテカラ再起動スル、ッテ作者ハ言ッテタワ。イイ加減不義理全開ダカラ、何トカシタイッテ。』

レ イ「・・・そんな事言ってたら、映画が完結してしまうわ・・・」

アスカ「遅筆な癖に、手を広げ過ぎるからよ!まったく、身の程知らずな奴ね!!」

初号機『マァ、作者ハのーとヲ買ッタラシイカラ、少シハ書クスピードモ上ガルンジャナイ?』

シンジ「でもそれって、去年の年末の話じゃない?」

初号機『・・・何カ、一時期液晶ガ駄目ニナッテ、修理ニ出シテタミタイネ。』

アスカ「それで、こんなに遅れまくったって訳?なっちゃいないわね。」

レ イ「・・・とにかく、そういう訳らしいので。この物語は、少しの間止まります。身勝手な事を言って、本当にごめんなさい。」

アスカ「バカよ、バカ!!単なるバカよ、この作者!!」

シンジ「まあまあ・・・一応やる気だけは十分みたいだから、このまま止まりっぱなしって事は絶対無いよ。1mmくらいは、責任感残ってるみたいだし。」

初号機『ト言ウ訳デ・・・ごーるでんうぃーく中ニハ再起動シタイ、ッテ事ラシイカラ、ソコカラ遅レタラ容赦ナク責メ立テテヤッテ構ワナイワ。モットモ、ソコマデシテクレル気ガアレバ、ノ話ダケド。』

アスカ「・・・1通も来ないんじゃないの?そんなメール。」

シンジ「そんな事無いよ。催促してくれる、ありがたい人はちゃんといるんだから!・・・一人だけど。」

レ イ「ではそういうことで。必ずまた、お会いしましょう(ぺこり)」

アスカ「こらファースト!勝手に締めるなぁ!!」

レ イ「・・・・・・じゃ、さよなら(しゅたっ!)」

アスカ「こらぁ、逃げるなーーーーーー!!(ダッシュ)」

シンジ「あ、待ってよ二人とも!(小走りに追いかける)」

???「・・・ふう。まったく、みんなひどいな。ようやく出番が回って来たのに、一時凍結とは・・・リリンのする事は、僕には解らないよ。・・・ん?こんなところにプレートが落ちてる。どうやら、上から落ちて来たらしいね。ここにでも、張っておこう。・・・それじゃシンジ君・・・君に逢える日を、僕は心待ちにしているからね・・・」

呟き、歩き去る謎の影。彼がいた壁には、こんなプレートが張られていた。

《新人類エヴァンゲリオンif『第壱部激突編』につ・づ・く!!》

プロフェッサー圧縮

次回予告

かつて、人形と呼ばれた少女がいた。

己の存在の哀しさ故に、人である事を捨てた少女が。

だが、彼女は取り戻した。人である事の喜びを。

たった1人の、少年のために・・・・・・

次回、新人類エヴァンゲリオンif「貴方への永遠」。

この次もサービスサービスぅ!

第七話へ



   皆様からのメールは、作者のユンケ○&リゲ○ンです(笑)。

 作者に感想、アドバイス頂けると大感謝です(^^。

このHPは“いくぽん”によるものです。
   よろしくお願いしま〜す!

  


   戻る